議員定数   2012 年 6 月 8 日

先日、経済界で活躍するある経営者の方と話す機会があった。

その人は手腕をかわれて、政府の成長戦略にも関わってきた。

曰く、

「議員の質が低すぎる」

「民間で活躍している人とまともに議論できる議員がいない」

「議論ができないから、その場その場で

人気の出そうなことを軽々しく発言する。

だから政治が何も決められないし、議員も信用を失う」

 

なぜ、議員の質が低いのかと尋ねると、

「議員が多すぎるからだ」という。

人数が多すぎて、

議論ができなくても、パーソナリティがなくても

議員が務まってしまうことが大きな問題だという。

 

いま、衆議院議員は480人、参議院議員242人、合計722人いる。

定数削減は、国会議員が自ら身を切るという視点から、

つまり財政を理由に語られることが非常に多い。

私もそういう視点は必要だと思ってきた。

 

しかし、日本にふさわしい議員定数とは何人なのだろうか。

先月23日に開かれた衆議院の倫理選挙特別委員会。

選挙制度について参考人質疑が行われ、

小選挙区論者や比例代表論者など

様々な立場の有識者が意見を述べていたが、

そのなかで何人かが、

「お金の面だけで議員定数を議論するのはよくない」

「必要な議員数は何人かという本質的な議論をするべきだ」と言っていた。

それ以来、何となく議員定数のことをいつも頭の片隅で考えてきた。

 

冒頭の経営者の言葉を借りれば、

「1人1人の議員が議論を戦わすことができる人数」は、

1つの基準になるのではないか。

現在、衆参ともに17委員会、つまり34委員会がある。

単純に計算するといまは

1委員会に20人程度の議員がいる。

これが10人だったらどうか、5人だったらどうか。

数が少なければ1人1人の議員の質が問われる。

1委員会10人とすると、国会議員は340人いればいい。

 

いま、多くの政党が議員定数の削減を言っている。

その中で、みんなの党の「衆院300人、参院100人」案が

一番、削減幅が大きい。

1つの委員会に、議論のできない議員が20人いるよりも、

議論のできる議員が10人いた方が、

はるかに建設的な議論ができるのではないか。

みんなの党の衆参で400人という数字は、

国会の議論を高めていく観点からするといい線だ。

この記事は 2012 年 6 月 8 日 金曜日 1:40 PM に投稿されました。

コメント / トラックバック 1 件

2012 年 6 月 22 日 6:15 PM
Iさん より:

前略
私は、佐久穂町で自営業方々「NPO信州ふるさとづくり応援団」を致しております。
不躾な物言いで申し訳ありませんが、本日羽田孜先生の後援会「千曲会」の中心人物の有る方から井出氏の話をお聞きました。
その方は、千曲会の重責ながら今回の衆議員選挙は井出氏を推すと申されました。
千曲会に有って、その様に言い切る事に質問を致しました処政治団体の千曲会として子供雄一郎への世襲は資質に係わると言われて居りました。
では、井出氏を推すのは何故か?失礼ながら井出氏はその人格・資質が有るのか?との質問に『有る』と言い切られました。
私は、大変失礼ながら井出前参議院議員のイメージが纏わり着いて居りましたので学者肌の『これから政治を勉強する』と言いだしそうな若い方ではダメで即戦力と成る志と知恵を兼ね備えた実行力のある方で無ければと申しました処『その任は有る』と言われました。
其処まで言われるのであればと、井出氏の辻立ちなり講演会成りをお聞き致したくメール致しました。
失礼極まりない、メールではありますが国を優う一国民として選択の貴志を知りたくメール致しました。
宜しく、お取り計らいの程お願い申し上げます。
草々

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