行動なくして
実現なし
001.想い

論功行賞人事の末路

与党の党首選挙で当選した党首、つまり総理大臣が、選挙で功績のあった派閥やグループから閣僚を選ぶことはいまに始まったことではない。自民党時代からずっとあった。しかし、今回ほどそうした閣僚人事がマイナス面を露出したことは珍しいと思う。論功行賞人事の哀れな末路とでもいうべきか、「こんなことはもうやめろ」という警告だと思ったほうがいい。

 

田中慶秋法務大臣が辞任した。そもそも大臣就任会見で、口癖なのか「はっきり申し上げて」と連発しておきながら、そのあとの内容は完全にしどろもどろ、検察と警察の区別もついていないのではないかという人を法務大臣に選んだことが間違いだった。インターネット上の脅迫が、遠隔操作によるものだと気づかずに各地で誤認逮捕が相次ぎ、犯人でない人に、容疑を認めさせてしまう取り調べがされていたことがここ数日大きなニュースになっている。捜査のありかたや可視化をめぐる議論、そして検察改革や、長年の議論となっている死刑制度の問題など、法務大臣の職責は極めて重い。

 

田中慶秋氏は「民社協会」という、かつて民社党に所属していた国会議員や地方議員による組織の会長を長年つとめている。民社協会の議員を支えるのは自動車総連や電力総連など、連合に参加する労組でその力は大きい。田中慶秋氏は民社協会のトップとして民主党内で一定勢力を保ち、その動向は民主党代表選のたびに注目されてきた。代表選のたびに「旧民社党議員グループの田中慶秋氏らが云々」というニュースを「旧民社ってなんだ?」と思いながら聞いた覚えがある人も少なくないだろう。民主党政権で旧民社グループの議員はたびたび入閣してきた。そして、さきの野田政権の組閣は、民主党最後の組閣となる可能性が高く、私は、最後に旧民社グループのトップである田中慶秋氏にはなを持たせたのかなと感じた。しかし、就任直後の記者会見はあまりにひどかった。失言で職を失う大臣はいるが、発言が意味不明すぎて、失言を探すこともままならないような人はみたことがない。法務大臣に適していないことはあきらかだった。

 

さて、辞任の直接原因と報道されている田中慶秋氏と暴力団との関係は、週刊誌や本人の発言をきけば2、30年前のことである。その後、交通違反のもみ消しもやっていたなどの報道もあったが、こうしたことが事実だとすれば、それは大臣以前に国会議員としての資質が問われる話だ。田中慶秋氏辞任のニュースをロシアのメディアが報じたというニュースもあった。一国の法律、法治をつかさどる大臣が暴力団と関係していたと、字面だけをみればたしかに面白い話かもしれない。しかし今回の辞任劇は、野田総理が閣僚候補の身体検査を怠ったという、聞き飽きたフレーズが原因ではないと思う。国会や閣議を欠席し、ほとんど公の場に姿を見せずに辞任したということは、本人も民主党も、田中慶秋氏の発言力が極めて危うく、公に場に出ればさらに事態が悪くなることをわかっていたのではないか。辞任が遅すぎたというよりも、選んだことがそもそも間違いだったと言うほかない。

 

民主党は政権交代前、「影の内閣」を作って政権交代に備えてきた。それがまったく役に立たなかったのは残念だ。また、先の党首選に出馬が取りざたされた細野氏が、出馬を断念したあとで、「総理になるには政権構想が必要だと感じた」という主旨の発言をしたことをニュースで目にした。これから政権を取ろうという政党や、大臣になりたいと思う人、そもそも政治家や、自戒をこめていうが政治を志す人間には、「自分がなにをしようとしているのか」をはっきりさせて、準備をしていないといけない。そうでなければ、いつまでたっても政治がリーダーシップを発揮することはできない。今後も同じような論功行賞人事が続くかもしれない。いままではそうした報道をただ冷めた目で見てきたが、今回の辞任劇をみて、私たちはそうした閣僚の決め方はおかしいということを声を大にして言っていかなければならない。