国会へいこう(^^)修学旅行   2013 年 5 月 22 日

 

きょうは川上村から、修学旅行の小学6年生がやってきた。16人。全校で80数人の学校だという。6年生にとっては初めての国会見学だが、私にとっても、修学旅行生を受け入れるのは初めてだったので、とても楽しみにしていた。

で、どうだったのかというと、とても楽しかった。1時間、子どもと先生と一緒に歩いたがとても楽しかった。修学旅行の国会見学には衛視さんが同行するが、なんと衛視さんが川上村出身で、心のこもった案内をしてくれた。私よりもはるかに国会の中を知っている大ベテランガイドに、同行した先生は、「いままで何度も国会見学に子供を連れてきたが、こんなにいろいろと、丁寧に見学できたのは初めてだ」と、とてもよろこんでくれた。子どもが16人と少なかったので、一人一人の顔をみて話すことができてとてもよかった。

子どもたちなので、政治の難しい話をするわけではない。国会の中に「伊藤博文、大隈重信、板垣退助の銅像があるよ」と説明しても、わかる子はほとんどいない。時間も1時間で駆け足の見学なので、なにか考える時間もほとんどない。また、こどもたちは、宇宙飛行士の油井亀美也さんが川上村の出身であることが縁で、JAXAにいったりと修、学旅行は大忙しのようだ。私が時間をかけて、どこかで座って話してあげる時間もない。最後に国会前でとる集合写真は、ほかの団体も多く、ゆっくりしていられない。私は、自分が修学旅行にいったことがないので、修学旅行がこんなに忙しいとは知らなかった。

それでもなんとか記憶にとどめてもらいたい、将来思い出してもらおうと、私が政治家になったきっかけや、苦労したことなどを話した。議員バッジも1人1人に、みたりさわったりしてもらった。こどもたちが大人になって国会の近くに来たり、テレビで国会のニュースを見たときに、思い出してくれたらうれしい。子どもたちが大きくなった時に、少人数できてもらい、そのときは語らいながらゆっくり案内したい。そんな思いをこめて、「またきてね」と見送った。 本会議などがあればきょうのような随行は無理だし、多くの議員は秘書が対応しているようだが、時間の都合がつく限り、子どもの思い出づくりをやってみたい。

さて、明日は朝から100人の小学6年生がくる。どうなることやら。いまから楽しみだ。

この記事は 2013 年 5 月 22 日 水曜日 9:53 PM に投稿されました。

コメント / トラックバック 4 件

2013 年 5 月 23 日 2:57 PM
モダンタイムス より:

私も、高校生の時は修学旅行がない学校に通っていました。(小中学生の時はありました。高校では、修学旅行がない代わりにコース選択の全校登山がありました。2年生の時には五龍岳コースを選びましたが、山頂から「白馬から富士山見えるんだ~。」などと思ってしまいました。)

今日のニュースで「小学校での英語の教科化」を政府で検討していることを知りました。
みんなの党も、アジェンダで「外国語学習の充実」を主張されていたように思いますが、私は、「一律に」小学校で英語を教科化するのはいかがか、と思います。

同じく、政府で議論されている「道徳の教科化」は、現行の学習指導要領に書かれている「日本国憲法の理念に沿った」ものであれば、民主主義のプラットフォーム作りとして賛成ですが、「小学校での英語の教科化」は、小学校の段階では、国語等の教科の学習がより重要だと感じることと、わが国の中学校、高等学校段階での英語教育がそれなりに充実していると感じることから、あまり賛成できません。

漫画ですが「ドラゴン桜」や、駿台予備校の飯田康夫先生のブログ「英文法道場」でも、今の日本人の英語に対する認識に疑問を投げかけている部分があります。

ただ、英語に強い関心を持っている小学生の子どもたちに対しては「英語の教科化」はあってもいいと思います。実際には難しいと思いますが、長野であれば、白馬村の八方地区や小谷村の栂池高原あたりで「国際理解教育」に力を入れる学校ができればおもしろいかな、と思います。

そのためには、みんなの党が主張している「教育の多様化」が大切ですね。

2013 年 5 月 31 日 8:33 AM
川北康彦 より:

モダンタイムスさんへ。
その通りだと思います。まず、修学旅行を実施せず卒業登山を実施するのは長野の特異性でり、これは「聖職のいしずみ」で代表される長野県のあの遭難に負けてたまるか! ということに繋がるのではないか。このように、教育というものは地域の独自性や教職者の考えがもっと全面に出ていいことだと思います。ただ、問題であるのは現実に東京のいい大学を出ないといけない。と考えている人々がいることで、またそれが大多数いることだと思います。なにも全員が良い大学を出てサラリーマンになるのが夢ではないはずなのです。そこから教育をしていかねばならないと感じます。

2013 年 6 月 6 日 3:18 PM
モダンタイムス より:

川北さん
わざわざコメントをして頂き、ありがとうございました。
(私のコメントに、さらにコメントが来るなんてびっくりです。)

3行目の「聖職のいしずみ」は「聖職のいしぶみ」ですね。「聖職のいしぶみ」のことは知らなっかたので、ネットで調べました。

コメント後半については、私も考えさせられました。そのためには、自分の給与ベースアップ要求=組合活動と考えている、長野の「一部の」教育公務員の方と、儲け主義が信条の長野の「一部の」民間教育者の方には、長野の教育現場からご退場して頂きたいと思います。(かなり失礼なことを書きましたが、現在の長野でも公教育、民間教育を問わず、「聖職のいしぶみ」の話に出てくるような、熱意ある先生も多くいらっしゃることも承知しています。)

東京に行って、日本社会の多様性に触れること自体は、とてもいい経験になると思います。長野の子たちに限らず、そうした経験を充分に血肉化できず、また、そうした経験が充分に発揮できない(社会のシステムも含めて)ことも、わが国の経済が今一つ元気が出ない原因かもしれませんね。

そう考えると、上の井出さんの記事で、川上村の小学校の子たちも、少し時間をとって「井出さんへの質問タイム」みたいなことをしてみてもおもしろかったのでは、と思います。(川上村の小学校の先生方、こんなことを書いてすみません。決して先生たちを責めているわけではありません。)

2013 年 6 月 17 日 2:06 PM
川北康彦 より:

モダンタイムズさんへ。
うろ覚えで書いてはいけないことがばれました。失礼いたしました。

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