官僚と政治家のギスギスした関係   2013 年 6 月 14 日

きのう(13日)の毎日新聞で、復興庁幹部がTwitterで暴言を連発していたという記事があり、委員会でも取り上げられていた。



記事を見る限り、「子ども・被災者生活支援法」や法案成立を求める人々への暴言、また、福島県内のある町議会に対する暴言は許されるものではない。ただ、ある党本部に缶ビールを補充(大半は自身が飲むとも言及しているようだが)したことなど、「そんなことまでするのか」と驚くこともある。また、政治家への陰口のような類いの話が多かったようだが、「たしかに」と妙に納得してしまうものもあった。

 

どういうことかというと、政治家と官僚の関係について、たまに「こんなんで大丈夫か」と思うことに遭遇する。官僚のみなさんは私のような1年生議員にも「先生、先生」と言ってくださって、多くの官僚は実直だ。けれどたまに、会議中にみせる表情だったり、電話の向こうから聞こえてくる官僚同士の会話だったりするのだが、「ああ、政治家って全く尊敬されていないな」と思うこともある。

 

ある会議で、議員同士が法律を作る議論をしていた。省庁の役人も横で聞いていて、たまにアドバイスをしてくれる。しかし、1人の議員の発言が、役所としてはあり得ない話だったのか、「それはないよな」といったような失笑が役人たちの席からもれてきた。それをみた発言中の議員が激怒する。議員の激怒は相当なもので、言葉も相当荒かった。しかし、そもそも怒らせるような失笑をしたのは官僚たちの方だった。真剣な議論を笑ったのだから。でも、謝るわけでもなく、ひたすら目をあわせずにいるだけだった。こんなことで、「さあ、法律ができました。運用の基準を作りましょう」という時に、官僚が政治家の議論を反映させるのだろうかと不安になった。重ねて断っておくがこんなことはいつもある訳ではない。多くの官僚は真摯にやってくださっている。


逆に政治家の側も、私がみていて「この議員、なんでこんなに横柄なんだろう。役人が気の毒だ」と思うことがある。こっちは「たまに」というよりも「よくある」といった方がよいかもしれない。議員が役人に分からないことを聞くのに、議員会館まで呼びつけるのが当たり前、電話も、議員本人がするのではなく秘書がするのが当たり前というのが、常識らしい。私も質問を作る時に分からないことがあるので役所に電話をするが、ニュアンスをしっかり伝えるために、直接電話するようにしている。そうすると「わざわざお電話いただいて」と恐縮、感謝されることが多い。

 

政治家は官僚に言うべきことは言わなければいけない。役所のやっていることや考え方と対立することも多い。私など野党だからなおさらだ。しかし、政治家と役人の信頼関係ができなければ、信頼関係をお互い損ねてしまったら、法律を作っても、また、国会でどんなにいい質問をしても、きちんと実行に移せるかどうかというところが大きく揺らいでしまう。Twitterの暴言は極端すぎるケースだが、政治家と役人の関係がよくないということの現れと見ることができる。

 

会社やスポーツチームでもそうだが、人間関係が、例えば上司と部下だったり、先輩後輩だったりといろいろだが、当然、性に合わないことや相容れないこともある。でもそうしたことを飲み込んで1つの目的に向かっていくのが、成熟した組織だと思う。今回のTwitter問題で感じたのは、政治家も官僚も、協力しなければいけない部分があるにも関わらず、人間関係という面でお互い未熟だということだ。しょっちゅうこんなことがわるわけではない。政治家にも官僚にもすばらしい人が多いことは改めていっておく。悪いお手本に出くわした時は、反面教師として、活動していきたい。

(毎日新聞6月13日朝刊より引用)

この記事は 2013 年 6 月 14 日 金曜日 12:05 PM に投稿されました。

コメント / トラックバック 2 件

2013 年 6 月 14 日 2:54 PM
モダンタイムス より:

度々のコメントすみません。ただ、今日の井出さんの記事は、前々からみんなの党の議員の方に意見したかったことなので、コメントを送信させて頂きます。

私の市の、行政改革に熱心に取り組んでおられる市議の方にも意見させて頂いたことがありましたが、「公務員改革」というと「少人数の優秀な公務員を雇い、高額の給与で待遇する。」といった意見が多いように感じますが、仮に公務員を大幅に削減しても、議員が「少人数の優秀な公務員」に必要以上に依存しているのであれば、多くの人はそれを「政治主導」と思わないのでは、と感じます。

地震予知や感染症予防など、いわゆる「技官」と呼ばれる方々や、公安系の公務員の方々などは、担当する業務について優秀でなければ、みんな困ると思いますが、現在のわが国の社会情勢を考えると、事務系の公務員の方々や公立学校の教師などについては、多少優秀でない部分があっても、家族が困らない程度の、それなりの給与で満足し(そうすれば、公務員数をそれ程削減しなくてもいいかもしれないので)、弱い人の立場に立って考え、明るく行動できる人が適していると思います。市区町村といった基礎自治体では、福祉担当の職員が地域で孤立している障害者の方の話し相手になる、ということもありますので。(そのような地域社会にも問題を感じますが。)

公務員は、地味だが真摯な姿勢で業務に当たり、国民(市民)と議員は、(いい意味で)できるだけ自立し、必要以上に公務員の人たちに依存しないことが望ましい姿なのかな、と感じます。

そうしなければ、結局は、弱い立場の人たちが一番困ることになる(自分がそのような立場に置かれた場合でも)と思いますので。

2013 年 7 月 4 日 8:53 PM
三区39 より:

なかなか庶民が知ることができない現場のお話をいろいろと伝えて戴けてありがとうございます。
これからもご自身がお感じになったことをストレートにお伝え願えることを期待しております。

コメントをどうぞ

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて