まず栄村   2013 年 7 月 8 日

参院選の初日、県庁で立候補の届け出を終えたすみけい子候補と私は、すぐに栄村にむかった。すみ候補は、栄村のことを知っていた。東日本大震災の翌日、地震で大きな被害を受けたが、報道が少なかったことを覚えていた。だから行きたいと言った。


私にとって、栄村は、初めてボランティアにいった、忘れることのできない場所だ。村の中の道も分かる。震災から2年と少し、改めて住民の声を聞いてこようということになった。

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私がボランティアにいった集落は、村の中でもかなり奥で、一度、新潟県に入らないと行けない。取材でついてきたキャスターが「ここは新潟県だから選挙運動はダメです」とわざわざ言いにきた。遠かろうと、人が少なかろうと、行く意味がある場所には行く!



意地みたいな思いで午後になってようやく着いた栄村には、新しい家がたくさんたっていた。公営住宅もあった。ただ、裏を返せばそれだけの家が壊れたのである。震災のあと、私がやったボランティアは雪かきと壊れた家の掃除だった。震災直後は、雪が深すぎて被害の大きさを確認することができなかったが、ようやくイメージできた。



更地も多かった。家の再建が始まったばかりの人もいれば、再建を諦めて村を出て行く決断をした人も多かったので、更地が増えたという。私がボランティアでおじゃました数軒のなかの一軒は、見あたらなかった。



途中なんどか行き止まりにぶつかり、遊説は苦労した。震災からの復興工事が、いまも村のあちこちで行われている。



すみけい子候補は、復興予算が被災地と関係のないところに使われている政治を正すと訴えた。私は、ボランティアのときに、自分が逆に励まされたので、そのお礼と、私にできることはなんでもするから、どんどん私を使ってほしいと訴えた。



工事の手をとめて拍手してくれる人。ワザワザ家から出てきてくれる人、多くの住民が私たちの話をきき、また、思いを伝えてくれた。

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実は、栄村に行く前に、飯山駅にも行った。新幹線の新駅ができるので、地元の期待と不安をききたかった。たまたま飯山線を待っていた役場の人を捕まえて、いろいろ聞くことができた。地元への利益誘導はいらないが、問題や課題を国につなぐ橋渡し役になってほしいと言われた。今回の選挙は、単に投票の呼びかけだけでなく、行くことに意味のある場所に選挙カーを走らせてみたい。

 

この記事は 2013 年 7 月 8 日 月曜日 12:00 AM に投稿されました。

コメント / トラックバック 3 件

2013 年 7 月 11 日 4:01 PM
モダンタイムス より:

暑い中ですが、がんばってください!

先日、すみさんの事務所の方に電話したところ、また中信地区にもいらっしゃるということなので、来られた当日、時間があれば演説会場にうかがいたいと思います。(毎日、新聞に代表的な演説会場の時間が書かれているので大丈夫だと思います。)

すみさんの健闘を期待しています。

追記
今日、時間がなく、メールアドレスを書けませんでした。ご容赦ください。(前にも書いた通り、思いっきりアナログ人間なので・・・)

2014 年 11 月 25 日 10:39 AM
地方再生 より:

例えばですけど「廃藩置県」の逆って面白くないですか?
「廃県置藩」みたいな。これって地方再生しそうじゃないですか?
北信はかつて、福島正則率いる高井野藩が治めていました。

2014 年 12 月 6 日 10:33 AM
茂原明治 より:

発災直後の被災地に入られてのボランティア活動ご苦労様です。
当地にも今年台風が頻繁に襲来し、その都度、当地のハザードマップ・水害等の歴史などしらべたのですが、指定されている避難所が、急傾斜地土砂警戒地域にあったり、避難所の運営に必要な物が、河川氾濫地域の中に、分散配置されていたりする、現況については、どのようにお考えなのでしょうか? 災害別に避難所を分類し、避難所の運営に必要な物資は、それぞれの避難所に集中的に再配分するような事が必要なのではないでしょうか?国政とは関係ないかもしれませんが、ご活動の一助となれば、幸いかと思いましてメールしました。

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井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて