戦争で亡くなった方々の慰霊   2013 年 7 月 31 日

長野県護国神社

戦後68年目の夏に入り、来月の終戦の日にむけて、

戦没者慰霊祭の日程も入ってきている。

先日、松本市の護国神社であった慰霊祭に参加した。

 

その慰霊祭は、ニューギニア方面で戦死した

長野県内の3474人を慰霊するために長年続けられ、

今年で45回目だという。

もともとは、共に戦地にいった戦友の方々で慰霊祭をしてきたが、

いまは遺族の方が中心となっている。

 

国家議員、県会議員などの来賓は、

挨拶をして一時間ほどで退席したが、

私は時間があったので、最後まで残って

遺族のご挨拶をきかせていただくことにした。

遺族を代表して2人の方がお話しされたが、

中身は大変興味深かった。

 

最初にお話しした女性は、父が戦死したという。

女性がニューギニアを訪れようと思ったのは、

戦後、一家を支えてくれた母が98歳で亡くなった最近のことだという。

母と父を近くにいさせてあげたいと、

戦地で散骨をしたという。

慰霊碑のまわりが草ぼうぼうで

いたたまれなかったという話もしていた。

 

もう一人の男性は、

戦死した父は、ご自身が4歳のときに出征したから

父のことは正直わからないと。

でも自分が定年退職をしたのを機に

慰霊をはじめようと思ったという。

男性が特に強くお話しされたのは、

長年の慰霊を支えてきた

遺族会スタッフへの感謝の気持ちだった。

ボランティアで長年慰霊を支えてきた

事務局やスタッフに、感謝状だけでも渡したいと提案し、

大きな拍手が起こっていた。

遺族会のスタッフのみなさんの、

遠慮がちな、それでも嬉しそうな笑顔が素晴らしかった。

 

遺族の高齢化が進んでいるとよくいわれるが、

二人のお話をきいていて感じたのは、

時間がたっても、戦没者への想いは

さまざまな形でいき続けている。

私がかつて見聞きしたような、

戦没者への直接的な感情は

お二人の挨拶からはうかがえなかったが、

それぞれの形で

慰霊に関わっていきたいという強い想いを感じた。

 

私は親も戦後生まれで、

戦争経験から時間的にどんどん遠くなっているからこそ、

私たち若い世代は積極的に、

戦争体験を知る必要があるということを

お話しさせていただいた。

 

ほかにも、慰霊祭の前に遺族会のみなさんとお話しした。

中国との関係が悪化して、現地に慰霊にいけなくなったとか、

行っても、現地から遠くはなれた宿泊先で、

お線香をあげることすらできないといった話をきいた。

 

「慰霊をきちんとやりたいんだけど、

いまのままだと中国の人だって、

日本の兵隊の家族が来るときいたら、構えちゃうよね」

 

慰霊ができないからといって中国を批判することもせず、

それでも、慰霊ができない無念さを感じる言葉だった。

 

 

政治家の場合、外交上の摩擦はつきまとうが、

参拝や慰霊に、いこうと思えばいくことができる。

しかし、慰霊にいきたくても

いくことがかなわない人たちがいることに

もっと向き合わないといけない。

 

私は、時間がかかると思うが、

慰霊が堂々とできるようにしたいし、

外交上の理解も得たいと思っている。

 

憲法の問題、安全保障、領土の問題、

様々な問題が絡み合う問題ではあるが、

戦争を二度とおこさない、そして戦没者の慰霊をしっかりとやりたい。

こうした想いを形にするためには、なにが必要なのか。

慎重に議論していきたい。

この記事は 2013 年 7 月 31 日 水曜日 1:46 PM に投稿されました。

コメント / トラックバック 6 件

2013 年 7 月 31 日 7:10 PM
木島 和郎 より:

人が直接伝える「伝承」の価値ですね。伝聞や文字では伝えられない・・・
調べるには現場が一番です。儀式に列席だけでなく本音が聞ける場に居られることが素晴らしい。

2013 年 7 月 31 日 11:41 PM
瀬在澄明 より:

こんばんわ。
慰霊、大切な事だと思いますが、もっと大切な事ありますよね!!
角さん、長野から撤退と思われてブログで叩かれてますよ。
次は三年後、あっとゆう間です。

2013 年 8 月 1 日 1:25 PM
三区39 より:

世界に誇れる現行日本国憲法の保持を期待して、是非とも、慎重かつ聡明なるご判断の下で、国会審議されますことを念願致します。
【25.07.29麻生発言】
 7月29日の麻生副総理による「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうか。」云々という発言が波紋を呼んでいます。(事後撤回との報道あり)
(2013年7月30日07時32分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130730-OYT1T00050.htm?from=main2

 これに関連して、自民党憲法草案の「緊急事態条項」(98条、99条)がワイマール憲法を破壊した「大統領緊急権」及び「授権法」を共に包含する、強力な濫用効力を持つことについて、次の様な指摘もある様です。
○ 自民党憲法草案98条、99条に規定されている「緊急事態条項」は、①内閣総理大臣の非常事態宣言によって国会の立法権を停止し(98条)、②それに代わって内閣が「法律と同一の効力を有する政令」を制定し(99条1項)、それによって国民の自由や権利を強度に制限することを可能とする。
https://www.jimin.jp/activity/colum/116667.html
https://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf
○ ところが、草案98条等においては、この「法律と同一の効力を有する政令」が規定し得る事項には何の制限もなく(要するに文言上はあらゆる人権弾圧法令が制定できる)、また、この「法律と同一の効力を有する政令」は第98条及び99条に「法律の定めるところにより」とある「法律」も「政令」改正により国会の立法権そのものを葬り去ることも可能である。
○ 以上より、自民党憲法草案の「緊急事態条項」はナチスが濫用した「大統領緊急権」やその下で制定した「授権法(民族および国家の危急を除去するための法律)」と同じ効力を有するものと憲法的に解釈できる。
○ なお、基本的人権の包括規定である憲法13条において国民の自由や権利たる「幸福追求権」よりも「公益及び公の秩序」が優先するとする自民党草案では、98条及び99条の文言解釈のみならず草案全体を通じた憲法解釈上もあらゆる人権弾圧法令を止めるすべが全くない。(13条などを破壊している以上、99条3項の基本的人権の尊重規定は無意味な条文)

 なお、参考として、以下の国会議事録から抜粋します。
、平成24年5月16日第180回国会参議院憲法審査会
(『東日本大震災と憲法』のうち大震災と国家緊急権について)
「高見勝利参考人(上智大学法科大学院教授)意見」
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=28370&SAVED_RID=1&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=9&DOC_ID=10970&DPAGE=1&DTOTAL=1&DPOS=1&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=28942
(一部抜粋)
 先般公表された自民党の日本国憲法改正草案に盛り込まれた緊急事態に関する規定について、憲法学から見て気になる点を三点ばかり指摘しておくことにいたします。
○まず第一に気になるのは、緊急事態宣言の効果について定める第九十九条の規定であります。
 国会が承認しなかった場合、すなわち政令が国会で不承認となった場合の扱いについて何らの定めも置かれていないのが気になります。
○気になる第二点は、緊急事態の下では、宣言の対象となる地域の住民にとって一時的であれ憲法上の権利、自由が剥奪された状態に置かれるということであります。
 草案は九十九条三項で、緊急事態宣言の下で制定される政令等による措置に際して、基本的人権に関する規定は最大限尊重されなければならないと明記されております。
 しかし、この規定は、緊急事態宣言の下では単なる紙切れにすぎないでありましょう。人権尊重を真剣に考えるなら、宣言が対象とする区域について時間的限定を加えた上で、事態の解消のためにどうしても制限しなければならない人権を限定列挙する形で定めるのがあるべき姿ではないでしょうか。
○気になる第三点は、自民党案の大規模な自然災害に伴う緊急事態について、さきに述べた安保会議設置法上の重大緊急事態ではなくて災対法上の災害緊急事態が想定されていると解した場合に生じてくる問題であります。
 寺田寅彦は、災害は科学の力でもその襲来を中止させることはできないが、有事は是非とも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないものだという趣旨の名言を残しておりますが、災害と有事とでは、その性格はもとより、対処の方式も当然に異なってくるはずであります。
 緊急権規定に関する憲法の在り方を通覧してみても、英米の憲法の下においてはもとより、成文憲法で緊急権について明記する大陸型の憲法でも災害と有事についてその司令塔が異なることを前提に法システムが構築されているように思われます。いわゆる立法事実に即した憲法や法律の規定の仕方からしますと、ドイツの基本法に見られるように、災害と有事を書き分けるといった工夫も必要ではないかと思うのであります。

2013 年 8 月 2 日 9:17 AM
yousei より:

瀬在様

ありがとうございます。井出ようせいです。
角さんには、ともかく心も身体もゆっくり休めてもらうことが必要と思っています。私が、3年前参院選に落選した時のことですが、本格的な活動再開に1年、衆院選の立候補表明までに1年半かかりました。私の場合は、周りの反対が大きかったです。「みんなの党では戦えない」「首都圏でやったほうが向いている」と、かなり言われたことを思い出します。そういうことも考えると、時間をかけて考えることも必要だと思います。

井出庸生

2013 年 8 月 2 日 9:19 AM
yousei より:

木島様

いつもありがとうございます。井出ようせいです。こういう機会をいただけることは大変ありがたいと思いますし、ありがたがるだけでなく、活動にいかさなければと思います。

井出庸生

2013 年 8 月 4 日 4:10 PM
モダンタイムス より:

以前、学校で講師をしていた時も「どのように、民主主義の理念に基づいた教育法を、子どもたちに提示すればよいか。」と「どのようにしたら、子どもたちがこれからの社会で自由と民主主義を享受しながら、その子らしさを生かして未来を歩んでいけるか。」について思いっきり悩みました。(もちろん、子どもの可能性を信じることが第一ですが。)

井出さんがこの記事で触れられている、いわゆる先の大戦も、大正デモクラシーを満喫している、東京の若者たちを見て「まさか、この若者たちが戦争に関わることはないだろう。」と当時の新聞記者(だったと思いますが)が思っていたら、あのような戦争が起きてしまったわけですから。

いずれにしても、わが国の先人に対する敬意は持っていたいと思うことと、渡辺喜美さんが語る、わが国の近現代史を踏まえたこれからのわが国の政治(特に行政のあり方)の方向性については、考えさせられることが多いです。

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