特定秘密の範囲について   2013 年 12 月 3 日

特定秘密保護法案の、「秘密の範囲を限定するべき」という意見は、ほとんどの人が同意するだろう。みんなの党内でも

・外交防衛分野に限るべき(テロ、スパイを外す)

・「その他重要な情報」という曖昧な表現を落とす。

などの意見があった。私は、外交防衛に限る、「特に警察はこの法律から外すべき」ということを考えてきた。警察の捜査が秘密となって際限なく広がるという不安が世論の一部にある。私は、その懸念も持っているが、そもそも警察は特定秘密に入らなくても十分やっていける。外交安全保障というよりも治安維持、危機管理がメインの仕事なのだから、外国とのやり取りも、外務省や防衛省に比べたら少ないと考えている。

警察に全く問題がないということではないが、これまで果たしてきた大きな役割を肯定的に捉えれば、敢えて特定秘密の枠組みに入る必要などないというのが、私の考えである。このことは、国会質問で警察庁長官にも申し上げたが、芳しい答えはなかった。

特定秘密で警察が関わると想定されるのが、テロ、スパイ分野である。そこで、特定秘密保護法案がテロリズムについてどのように定義しているかみてみると、


「政治上、その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」となっている。

「殺傷」「破壊」は外形上明らかだが、「強要」というのは解釈が広い。

石破幹事長が、「デモ」を「テロ」と解釈できるような発言をして、撤回したことと関係が深い話である。

 

この記事は 2013 年 12 月 3 日 火曜日 10:15 AM に投稿されました。

コメント / トラックバック 6 件

2013 年 12 月 3 日 6:31 PM
市川一実 より:

不特定秘密保護法、不を付けるとよく分かる。

2013 年 12 月 4 日 12:24 AM
第三区39 より:

「共謀」(修正案25条)は暗黙の了解も含まれることから心の中にまで及ぶであるとか、「自首への減免」(修正案26条)が監視社会を作るとの解釈が紙面にありました。
「特定秘密の保護に関する法律案修正案 新旧対照表(2013/11/26版:最新版)」
http://taroyamada.jp/wp-content/uploads/2013/11/14f4e147de6cad888667a2479f178aaf.pdf

2013 年 12 月 5 日 1:33 PM
軍靴の足音 より:

 NHKとABCによる『映像の世紀』第2集「大量殺戮の完成」のエンディングです。第一次大戦を振り返り、あのチャーチルが次のように述べているのです。

>戦争から、きらめきと、魔術的な美が、ついに奪い取られてしまった。
>アレクサンダーやシーザーやナポレオンが、兵士たちと危険を分かちあいながら、馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する。
>そんなことはもうなくなった。これからの英雄は、安全で静かで物憂い事務室にいて、書記官たちに取り囲まれて座る。いっぽう、何千という兵士たちが、電話一本で機械の力によって殺され、息の根を止められる。
>これから先に起こる戦争は、女性や、子どもや、一般の市民全体を殺すことになるだろう。やがてそれぞれの国には、大規模で限界のない一度発動されたら制御不可能となるような破壊のためのシステムを生み出すことになる。
>人類は、初めて自分たちを絶滅させることができる道具を手に入れた。これこそが、人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命である。

そしてそれが現実のものとなったことが、第5集で描き出されます。
今さら周知のことでしょうけれども、『映像の世紀』は、ほぼ全編、ものすごいクオリティの番組だと感じます。
私たちは、時に、こうしたものと向き合わなければならないし、まして、それをなかったものにしようとする企てを決して許してはならないと。

2013 年 12 月 5 日 6:22 PM
さくら より:

今の異常な状態で採決することは、民主主義にのっとっているといえるのでしょうか?
賛成の以前に、審議がつくされていないことが明白であり、パブリックコメントや公聴会の結果もあえて無視して進むことの意味がわからないのです。
もしも、本当に必要なら、もっともっと草の根的に国民に理解を求めてほしい。説明してほしい。これでは、わたしたちは子供たちに反対意見はきかなくていいのだよ、数は正義なんだよと教えているようなものだ。そして、どんな意見があってもどうせ聞いてもらえない、言っても無駄だという無気力な人間を育てるだけだ。
国の責任は本当に重い。それは将来を背負う若者に絶望を植え付けているのだから。

2013 年 12 月 6 日 2:44 AM
れんず より:

こんにちは。新聞の記事で久しぶりに井出先生の記事を見ました。特定秘密の御判断については、御経験の中からの見識かなと受けとめました。私は、市井の人間は知らなくて幸せなこともあるという感覚です。秘密を漏らしちゃうのは特別国家公務員たる国会議員だという節もあるので、それを縛るというのはいいのかもしれないとは思います。
思えばこの国会はすごく働いていると思います。その充実している中、委員会での発言の様子などを拝見していて、なかなか腰をすえて政策に取り組むという感じでなく、日々本当にお疲れなのかなということを思いました。以前、選挙委員会のときに、反対に回って討論をしたときのような、あのときのような静かな元気さが出てくるといいなと思います。
もうことしは井出先生の様子を国会中継で拝見できそうもないですが、井出先生の絶妙な、人の話を聞きつつ、自分の意見も織りまぜていくやりとりを期待しています。

2013 年 12 月 6 日 11:21 AM
地元の名もなき有権者 より:

「特定秘密保護法」の成立は、戦後民主主義の終焉の始まりと思えてなりません。
内閣が設置するという「第三者委員会」なる代物は、内閣の恣意的な委員選任の基づき組織され、内閣の意向に沿った結論になることが目に見えています。いわば、大泥棒(時の為政者)が泥棒(官僚)を取り締まるようなもので、到底信用できるものではありません。真の「第三者委員会」は国会の元に設置され、法律に明記されなければ意味がないと思います。私は今回の「特定秘密保護法」は廃案にすべきと考えますが、仮に一歩譲ったとしても法案の手直しを行い再度衆議院で議論すべきではないでしょうか。
我々は民意を無視して一方的に強権的に暴走する自公政権の本質を決して忘れてはならないと思います。先の衆院選において掲げた公約の実現には一向に意欲を見せず、何ら公約に掲げなかった「特定秘密保護法」の成立に邁進する姿は、国民に対する背信行為そのものだと思います。どうしても成立を図りたい場合は衆議院を解散して国民に信を問うべきだと思うのは私だけでしょうか。

コメントをどうぞ

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて