公共放送について   2021 年 1 月 22 日

 昔書いたかもしれないが、落選中、東日本大震災後のGW、被災地にボランティアに行った。弓道場の避難所の責任者が、「政治家を目指しているなら泊まって見ていって欲しい」と言ってくれて、避難所に寝泊まりしたことがあった。土の上にブルーシート、その上に畳。避難者は100名を優に超え、夜は子どものすすり泣きと、励ます親の声がすぐ横から聞こえた。

 翌早朝、ラジオ体操の歌を、皆で「新しい朝が来た、希望の朝」と歌ってからラジオ体操。希望が見えている状況とは到底言えない中、朝に希望を託す人々の思いが身体中に染みた。

 普段ほとんど聴かない、たまに、早朝カーラジオをかけて遭遇しても口ずさむことなどないラジオ体操の歌。普段何気ないもの、なんでもないものを必要としている人がいる、また、必要とされる時があることを知った。普段、また、一見どうでも良く思えるものを出し続けることは、民間ではない公共放送NHKの役割ではないかと、NHKを退職してから考えさせられた。

 いま、NHKは経営のスリム化を計画していて、ラジオ第二がなくなり、衛星放送も波が少なくなる。

 受信料という公共料金で成り立つNHKだからこそ、肥大化や無駄は許されないが、基礎英語等、多言語が常に分かりやすく流れているラジオ第二は、常連でなくとも貴重な存在。

 澄んだ水や空気のように、良質な情報や知が流れていることは、国としてとても大事。

 公共だからこそ厳しい世論はあるが、公共を冠しているのだから必要なものは守って欲しい。

(きょう、党内の関係会議で申し上げたこと)

この記事は 2021 年 1 月 22 日 金曜日 10:08 PM に投稿されました。

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