憲法改正と安保法制   2017 年 10 月 9 日

去年11月、憲法公布70年の節目に、信濃毎日新聞が、県内の全国会議員にアンケート調査を行なった。質問の中心は、「憲法改正の必要性はあるか」「憲法9条改正の必要性はあるか」というものだった。

9条改正の是非については、私以外の国会議員は与野党全て、「必要ない」か、「どちらとも言えない」という答えだった。私だけが、「改正の必要がある」と回答し、周辺から心配された。

他の議員の多くは、自由記述欄に「自衛隊を認めることは必要だ」と書き、また、「集団的自衛権は認めない」との意見もあった。私も、自由記述欄で他の議員と同じように「自衛隊を認める必要がある」ことと、「集団的自衛権を憲法で認めない」ことの2つが重要であると答えた。

昨日(10月8日)の信毎にも、私の9条についての考えが短く書かれているが、私は、9条も9条以外の条文も、議論はどんどんやればいいと思う。しかし、私が憲法改正を一方的に進める気はない。憲法は、国民が最終的に国民投票で決めるものだからだ。

「臨時国会を開く義務に期限を設けるべきだ」とか、「解散権の制約」とか、「環境権」とか、「知る権利」とか、憲法改正の論点は9条以外にもある。これらのことについても、大方の国民が合意すれば、国会内も全会一致なら、やっていいと思うが、良いと思うものを憲法にどんどん書けば良いかというと、そうでもないと思う。例えば、「知る権利」を憲法で書いたら、「個人情報の保護」や、「忘れられる権利」はどうなってしまうのか。仮に書くとしたら、その条文は、非常に難しいだろう。

憲法は、どこの党の誰が政権を取っても、その時の権力を縛らなければいけない不可欠なものが記載されている。例えば、「犯罪被害者の人権」について、日本国憲法には全く書いていないが、犯罪加害者については、「捜索は令状を取ってからやれ」とか「拷問をするな」という趣旨のことが書いてある。これは、犯罪被害者の人権を軽視しているのではなく、犯罪被害者の人権を守ることは言わずもがな、当然のことで、どこの誰が権力者であっても、加害者への拷問などは絶対やってはいけないということで明記されていると理解している。犯罪被害者の人権を憲法上明記しようという議論もかつてあったが、犯罪被害者を支援する法整備が進み、警察の被害者対策も充実してきたので、最近の憲法改正議論では、出てこなくなっている。

戦後の憲法改正議論の中心は9条だと思う。

9条があるから戦後の平和な日本、紛争と一線を画す日本があった。しかし、その一方で、9条の条文は変わらないのに、集団的自衛権も憲法解釈で認められるというように、政治の意向で解釈がどんどん進んでいった。

私は、「自衛隊は合憲」「自衛権がある」「専守防衛に徹する」ことは、大方の国民の理解が得られていると思う。だから、もし、9条を変えたいという声が大勢だというのなら、この3つを明記する議論は、しても良いと思う。自衛隊を憲法に明記することは、7年前の、最初の選挙から、新聞アンケートに答えてきた。それは、私が記者時代に自衛隊の人たちと取材や付き合いがあり、色々思うところがあったからだ。

集団的自衛権については、一昨年国民の意見が真っ二つに割れた。また、長年政府も「集団的自衛権は憲法上認められない」といってきたのだから、一内閣が解釈を変えたからといって、集団的自衛権は、憲法に盛り込むべきではない。

もし、9条を変えたいと大方の国民がいうのであれば、私はこれまで縷々書いてきたような「歯止めをかける9条」を意見としたい。

なぜ、昨年11月の信毎アンケートに、他の議員が選択肢をぼかす中で、私一人踏み込んだのかというと、昨年夏の参議院選挙以降、憲法改正の現実味が出てきたからである。憲法改正がどのような方向になるか全くわからないが、少なくとも私の考えは明示しておくべきだと思い、答えた。

また、集団的自衛権については、日本の周辺で有事があった際のことを、憲法ではなく法律で考えておくべきで、その点で、政府の安保法制は集団的自衛権の範囲が広いので、見直しが必要だと考えている。日本周辺の、集団的自衛権を法整備することは、現実的に必要だと思うし、そういう議論を一昨年して、対案を提出した。

「踏み絵」には、「憲法改正を支持し、憲法改正議論を幅広く進めること」と書いてあったが、議論は幅広くやれば良い。また、「現行の安保法制については、憲法に則り適切に運用する。その上で不断の見直しを行い、現実的な安全保障政策を支持する」とも書いてあったが、見直すことも良い。

大事なことなので繰り返すが、憲法改正の議論は大いにけっこうだし、そうであれば、考えは示す必要があるだろう。しかし、憲法は国民が決めるものなので、政治家や政党がトップダウンに進めるものではない。

国政報告会やミニ集会で昔から話してきた内容だが、この際、改めて明確にしておく。

しんまい 憲法

総選挙に臨むにあたり   2017 年 10 月 5 日

この度の総選挙、私は、「希望の党」の一員として選挙戦に臨むことにいたしました。

9月28日に衆議院が解散し、同日、「民進党は公認候補者を出さず、希望の党に合流すること」を決めてから、これまで多くの方にご心配いただき、心より感謝申し上げます。

「希望か、無所属か」の2択で熟慮してきたことは、先週末の国政報告会でお伝えした通りです。そんな中、10月2日未明、「希望の党の第一次公認候補に内定したので、改めて意向を確認したい」との連絡をいただき、それから改めて、考え抜きました。

希望の党に入れば、「選挙目当ての駆け込み」との厳しい批判や、党の将来を疑問視する声が多いことは承知しています。一方で、この度の第一次公認で、民進党出身者も一定数参画することが決まりました。政権交代を目指す大きな野党再編とともに、私にとっても、志を同じくする仲間と活動できる環境は整ったのではないかと思います。

一方、無所属という選択肢は、当選後の活動が見通せない現実があります。これまで数多く立ってきた国会質問の機会を失うだけでなく、これまで共に活動してきた仲間とも一線を画することになり、政局の中で存在感を示すことも、物言うこともままなりません。

熟慮している最中に、ある支援者からいただいた言葉ですが、私の活動は、私、一人の力でできているわけではありません。私を信じて下さる方々との信頼に支えられています。無所属で孤軍奮闘、応援してくださる方々との強い絆で燃えるような選挙を勝ち抜くことができても、その後の活動が全くなしというのでは、この5年間心がけてきた「国会でも地元でも」という活動を応援してくださった皆様にお見せすることができません。また、これまで、ともに活動してきた仲間との関係を私の一存で断つことも、独りよがりではないかと思うに至りました。

民進党が事実上の解党を決定した先月28日の常任幹事会の後、私は、岡田克也さんに「どうして発言をしないのか。これで良いのか」と詰め寄りました。岡田克也さんは「前原とは十分に話したんだ。一人でも多くの民進党議員を残したいという前原の気持ちもわかる。私は私の考えがあるが、井出ちゃんは(希望に)行った方が良い」との言葉をいただきました。胸の張り裂ける思いでしたが、今回の混沌の中で、重く響いた言葉でした。

希望の党が、自民党の補完勢力ではないかという疑念や、短命に終わるのではないかという疑念があることは事実です。しかし、私が、政治を志した時から訴えてまいりました、「増税の前の行政改革」、「脱原発の確かな前進」などを訴えるだけでなく、「近くは現実的に、遠くは抑制的に」に基づく安全保障政策、そして、憲法議論でも、これまでのように国会でも党内でも、物言う議員でありたいと強く思います。

希望の党を、自民党に対案を示すことができる2大政党の1つにするため、私のできることをがむしゃらに取り組みます。

10月10日の公示まで、残り一週間となりました。厳しい選挙戦に突入いたします。皆様のご指導ご鞭撻賜りますよう、お願い申し上げます。

平成29年10月3日 井出庸生

(写真は1日の国政報告会の様子を報じた東信ジャーナル)

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解散前日   2017 年 9 月 27 日

党について様々な報道され、「どうなるの?」「どうするの?」などの問い合わせが止まらず、休まる時がない。

報道や、私なりに色々な人と話してみても、確定的なことは分からず、明日、また違う報道があるかもしれない。

まずは、執行部に説明を求めたい。

きょうも修学旅行が2校、東御と臼田から。明日の上田西が今期最後。選挙中の予約は断ることになり大変残念。今期も、子どもから元気をたくさんもらい、感謝。

国会喫茶店のお気に入りカレーも、解散前はおそらく最後。店の女性が「先生、頑張ってよ!親戚に電話しといたからね!そこからまた広がるからね!」思わぬ支援者登場に感謝。

新聞社から、この3年間の任期中の、質問や議員立法数について取材を受ける。

3年間、本会議や委員会の質問は100回を超え、議員立法数も多いとのこと。

重要法案審議をいくつか担当したことや、急な質問も断らず、普段からストックしていた問題意識をぶつけてきたからだと思う。

それにしても、「一日に、2つの委員会でのダブル質問が何回もあった。大変だったのでは?」と言われると、やれる自信がなければ引き受けないので夢中でやりきったが、振り返ると大変だったような気もする。

明日、解散。

党が混沌とした中での解散となるが、今期以上に働くことができるよう、また、国会に戻ってきたい。

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党代表選に向けて 政見   2017 年 8 月 20 日

党の代表選に出ようと準備をしています。政見ができました。一人でも多くの方に、直球が届けばと思います。あと少し。↓

 

井出ようせい政見

代表選出馬にあたり、多くの人の声を聞いてきたが、まず、特に耳の痛いことを申し上げなければならない。

「若手を前面に。経験者はサポートに」

たいへんきつい言葉だが、このことを言わざるを得ない。

外部からみると、閣僚や党幹部の経験のある、テレビや新聞に出続けてきた人たちが、変わらず党の要職を占め、過去の教訓や反省が生かされていないように映る。

一方内部からは、「このままではいけない」という危機感、ベテランの中には「もうあんたたちの時代だ」という人が、かなり、いる。

代表選までの間、多くの人と話し合ってきたが、過去にとらわれ、変革に挑戦することに、お茶を濁してきたのではないか。

民進党ができて一年半、この党は新しくなるはずだった。

「第3の候補を立てれば」「代表選を盛り上げないと」こうした声が非常に多い中、私も、数日前までそう思ってきたが、論戦の体裁がととのえば良いという話では決してない。

代表選という、党の中でもっとも大切な論戦の場で、みなが心の中で思ってきたことをぶつけあわなければいけない。

党勢が低迷する中、身を低くして、流れに任せていてはいけない。

「若手を前面に、経験者はサポートに」

変革を思うのなら、待っていてはいけない、黙っていてはいけない。前に出なければいけない。

新たな人材の台頭によって、党に厚みが、力が生まれる。

私たちは、政権を担うことを目指している。「今をやりすごせばよい」とか、「一回の選挙でブームに乗ればよい」とか、目先の話ではない。

日本の未来をどうするのかを示し、実現しなければいけない。政権を担えば、その重責は計り知れない。大きな災害や、外交安全保障など、予測のできない事態に直面する。そのことを、身をもって経験してきたのではないか。

いまのまま、野党のままでいいのか。若手が台頭し、過去の経験をいかし、再び政権を担うべく、チャレンジをするか。一強といわれる政治情勢の中で、私たちがやるべきことは明白だ。

この代表選で、国民、党員・サポーター、地方議員、国会議員、その候補者、すべての人たちの胸に、変革と危機感の、直球を投げ込みたい。

民進党の結党前に、旧民主党と旧維新の党の間で、「基本的政策合意」が作られ、新たに党の「綱領」が生まれた。

その中に、行政改革と身を切る改革が掲げられている。税金の無駄をなくすことと国会議員の歳費削減、定数削減、官民の格差是正などは、国の財政がひっ迫し、消費増税が議論、実行されたこの数年、すべての政党が訴えてきたが、国民の理解を得る施策は実現していない。消費増税は、増税額と開始年限が明示されてきたが、行政改革と身を切る改革に期限が示されたことはない。政権を担ったら、私たちは、行政や自分たちにとって厳しいこれらの改革にも、期限を示して取り組まなければいけない。いままですべての政党が言いっ放しにしてきたこれらの課題を解決し、公平な分配と負担、財政再建などの、日本の新しい経営像をしめし、国民の、将来への不安を解消しなければならない。

世界各地で頻発するテロや、日本周辺の不安定な情勢がもたらす不安や危機感が高まっている。こうしたことを理由に、安全保障法制、共謀罪、特定秘密保護法が施行された。一方で、日本が高く掲げてきた平和主義がなし崩しになる恐れ、捜査権力の乱用の恐れ、国家の情報公開(透明性)の後退といった重大な危惧が叫ばれてきた。安全保障や国民の生命財産を守る諸政策と、国民の自由や権利。これらのバランスをどうするかは、世界各国で、いつの時代も議論されてきたことだ。戦後72年、平和と良好な治安を育んできた日本が、国家の安全と国民の権利をいかに両立させるのか。日本らしい、最良のバランスを追求するために、先にあげた3つの法律を見直す必要がある。

基本的政策合意に掲げられている2030年代の原発ゼロは、原発に頼らない社会を願い、また、実現しようとする国民や企業、自治体にとって大きな希望である。

必ず実現しなければならない。

省エネを徹底し、小規模分散発電や自然エネルギーへのシフトを推進する。また、原発再稼働について国の責任を明確化し、責任ある避難計画が作成され、核廃棄物の最終処分場選定プロセスが開始されることなど、責任と安全、脱原発への道筋を、明確に国民に掲げたい。


基本的政策合意と綱領には憲法改正と地域主権改革という大きなビジョンについても言及している。

憲法は、国民がいかに権力を縛るのか、国民とともに考えるべきもので、政党からトップダウンで決めるべきものではない。現在民進党は、全国で憲法についての集会を開いている。憲法改正議論は、根幹部分の9条のみならず、多岐にわたる。時代や社会情勢の変化に応じて、国民にとって必要なことのほとんどは、法律によってルールを決めてきた。他方、憲法の根幹である「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」について、党としての考えを明示することは、憲法を国民とともに構想する上で、必要である。


私は地方出身の政治家だ。美しく、また、厳しくもある四季の変化の中で農業・林業・漁業に取り組む人。人口減少が止まらない中、地域に欠かせない事業を担ってきた人。統廃合が進む学校や病院のあるべき姿を真剣に議論してきた自治体と住民。こうした人たちの、政治への期待、関心は極めて高く、私はそうした一人一人の声に向き合ってきた。国政に大きな期待をいただきながら、地域の多様性に対応しきれていない状況に直面してきた。地域に対する住民の高い責任感、地域を活性化しようという意欲を、より実現することができるよう、地域主権改革を進めなければならない。


私はたちは、党内で危機感を共有し党改革を実現する。そして、基本的政策合意や綱領で掲げた政策を、実現にむけて前進させることによって、国民の信頼勝ち取り、日本を担う政権政党にならなければならない。

党の地力をつけることに全力をあげる。他の政治勢力や、先の見通せない政局の様子を伺うのではなく、国民と向き合うこと。このことを最後に強く申し上げたい。

国民とともに、政権を、日本を担う政党を目指したい。

金田大臣に辞職を求めるスタンスは変わらないが、昨日の法務委員会では、共謀罪について大きな視点から、特に、日本で罪刑法定主義がいかに大切にされてきたのかについて問題提起をした。

多様化する社会の中でいつの時代も刑罰の増加というものが叫ばれ、そうした要請に対し個別の目的に応じた立法措置を行うことで、刑法の謙抑主義を守ってきた歴史がある。今回、共謀罪を277もの犯罪に対象を広げることは、刑法の大きな転換点である。そのことを少しでも感じていただけたら幸いだ。

質問を議事録で振り返る。45分間だったので長文。以前やった解説と同じように、()は私の解説、感想である。

平成29年3月7日衆議院法務委員会
○鈴木委員長 次に、井出庸生君。

○井出委員 民進党、信州長野の井出庸生です。私も、二月の予算委員会で大臣に辞職を求めました。その後、衆参の予算委員会をずっと拝聴してまいりましたが、残念ながら、大臣たる答弁をいただいているとは、いまだ現時点ではそう感じることができず、きょうも引き続き辞職を求めるという前提に立って質問をさせていただきます。

(この日の質問のテーマは主に3つあったが、まずは、新たな法案にたいする政府の説明姿勢について↓)

まず、この共謀罪、テロ等準備罪、呼び方はいろいろあると思いますが、私は、これから提出される法案の審議の入り方、一番最初に一月の本会議、予算委員会のあたりから議論に入ったのですが、その最初の政府の答弁のあり方というものに物すごく大きな問題があったと考えております。一月二十三日、衆議院本会議で安倍総理は、この共謀罪について、質問に答えた後に、「なお、現在政府が検討しているテロ等準備罪は、テロ等の実行の準備行為があって初めて処罰の対象となるものであり、これを共謀罪と呼ぶのは全くの間違いです。」と。全くの間違いだということを、「なお、」という言葉をつないで、あえて付言をされている。(←あえて付言しているところに、私は総理の強い意思を感じた)その後、二十四日、衆議院の本会議でも同様の答弁、二十五日、参議院の本会議では二回同じ発言を付言されております。

金田大臣も、今国会初めてこの問題について議論に立たれた一月二十六日の衆議院予算委員会で、「従前の共謀罪とは全く別物でございます。これを共謀罪と呼ぶのは誤りである、この点は申し上げておきたい」、総理と同じように、全くの別物、今までと一緒にするのは間違いだということをあえて付言をされております。

しかし、ここまでの政府の主張を聞いておりますと、当初は六百を超える対象犯罪があった、過去の共謀罪ですね。それが三度廃案になった、国民の理解を得ることができなかった。そして、その不安を払拭するために、今回、条約のオプションを行使する。きょうは踏み込みませんが、条約をよく読んだら、組織集団を限定したりですとか、実行準備行為というものを加えたり、そうした条約のオプションを使って、今度、報道によれば二百七十七。大臣も、実際、絞り込み、少なくなると思いますということは答弁をされております。

こうした一連の政府の答弁を聞いておりますと、私が問題だと申し上げた冒頭の発言、ここをもし、あえて付言をされるというのであれば、「過去の法案が国民の理解を得ることができなかった、したがって、もう一度よく条約を精査して、分析をして、改めて、対象の犯罪、対象団体、これを限定して出直すから、国民に理解をいただきたい」、そういうスタンスで入られるべきではなかったかとずっと思ってまいりましたが、その点についてコメントをいただきたいと思います。(←理解を求める言い方というものがあるだろうという話)

○金田国務大臣 御指摘に関連しましては、私どもも、かつての共謀罪と違う、何が違うのかということについていろいろと御説明をしながら進んではきたものというふうに思っておるわけであります。

主体を組織的犯罪集団に限定し、実行準備行為があって初めて処罰できるものとするものであって、共謀したことのみで処罰されるかつての共謀罪とは別物と言えるんだというふうに申し上げてきたことを御指摘だったと思うんですが、そういうことを指摘してきたことも事実であります。過去の共謀罪を含む法案審議の過程において、やはり国民の皆様の不安や懸念を払拭できなかったことについては重く受けとめておるわけであります。(←重く受け止めているという発言が、1月の予算委員会から聞いて来て、ようやく出た)新たな法案の提出に当たりましては、国民の皆様に対する丁寧な御説明が必要であることは十分に認識をしておるつもりであります。そのため、法案については、成案を得ていない現段階においても、その検討の方向性等につきましては可能な限り御説明を行っていきたい、このように思っているわけでありますが、ただ、法案について成案を得ておらないという現時点で、説明のできる内容にはおのずと限界があることにもどうぞ御理解をいただきたいな、このように思っておるわけであります。今後、成案を得た後には具体的な法案の内容に基づいて御説明を尽くしてまいりたい、このように思っています。

○井出委員 今お話があった、その中の部分にきょう入るつもりはございません。今、国民の理解が得られなかったことを重く受けとめていると。そういう話をやはり最初から言っていただくべきだったと私は思います。

安倍総理大臣は、一月二十六日、衆議院の予算委員会で、これまでの過去の法案から今回の法案に至る間のことについて、反省という言葉を一度使われております。しかし、必ずしもその趣旨は明確ではございません。私が一番問題としたいのは、これまでの過去の法案が理解を得られなかった、それを踏まえて、条約を見直して、解釈を見直して、大きく変えようとしているのは皆さんなんですよ。ですから、理解を求めなければいけないし、過去の法案が理解を得られなかったことにもっときちっと率直に反省と言っていいと思うんですよね。そういう姿勢が冒頭お話しをした答弁では一切なくて、むしろ、過去強い反対があって、この法案を不安に思っている人がいる、そういう人たちを上から、これは間違いなんだ、そう言っている人たちが何かおかしいと。国民の理解が得られなかったということを重く受けとめているんだったら、なぜそういう上からの視線の答弁になったのか。申し上げていることはわかっていただいていますか。

この法案がこれからどうなるのかわかりませんが、この法務委員会、それから、恐らく審議入りするとなれば本会議でも趣旨説明が行われるでしょう。そこの文言に今私が申し上げたような趣旨を必ず取り入れていただきたいと考えますが、いかがでしょうか。

○金田国務大臣 井出委員からの非常に貴重なアドバイスだというふうに思っております。(←貴重なアドバイスというからには、生かしてほしい)

先ほど申し上げたとおり、過去の組織的な犯罪の共謀罪を含む、いわゆる共謀罪を含む法案審議の過程において国民の皆様の不安や懸念を払拭できなかったことについては重く受けとめておりまして、新たな法案の提出に当たりましては国民の皆様に対する丁寧な御説明が必要であるということは認識をいたしました。

○井出委員 冒頭紹介した政府の発言というものは、これまでになされておりますので、それがなければなという思いは本当にあるのですが、重く受けとめていただきたいですし、できれば、この国会の冒頭で付言してきたものについての反省についても、きちっと言及をしていただきたいと思います。そのことについてはいかがでしょうか。

○金田国務大臣 委員の御指摘も踏まえまして、今後、対応を検討していく過程でそのアドバイスを生かしていきたいなと思っております。

○井出委員 今度出る法案が過去の法案と別のものであるかどうかは、お互い、現時点ですと主張は違っていると思うんですね。ただ、その説明の仕方というもの、国民の理解の得方というものがあると思うということは申し上げておきたいと思います。

(ここからは、広い共謀罪がもともとあり、大きなテロもあったアメリカが、現状どうであるかを例に、今後のことを問題提起↓)

次に、この法案がこれから世の中にどういう影響を与えていくのかということを少し考えていただきたい。
二月八日、衆議院予算委員会、私の質問に対しまして、大臣は次のようにおっしゃっております。「ですから、委員がおっしゃるように、さまざまな立場の皆さんの連携で、安心と安全、そして個々人の自由、幸せをしっかりと守るという気持ちを持つことが最も大事である」と。それから、少し飛ばしますが、似たような話がもう一度出てきております。「その先を思う、先生と同じ、まあ、私は先生じゃないんですが(←私は先生じゃありません!)、我々はやはり国民の幸せと安心と安全を守りたい、その一心で議論をしている」と。

私、この大臣の答弁を引き出すに当たって、安全と安心という言葉は使いました。この安全というものは、大臣のおっしゃるテロ対策です。安心というものは、私が質問させていただいた刑法の謙抑主義、それから大臣がお答えになった罪刑法定主義の重要さを、その意味を込めて安心と安全という言葉を使いました。これに対して大臣は、その二語に加えて自由と幸せという言葉を使われた。

個々人の自由ということについては、恐らく、刑法の謙抑主義、罪刑法定主義の大切さについて含意されたのだと思います。そこで、幸せというものについて伺ってまいりたい。

共謀罪がフルスペックである国、アメリカ、イギリス。例えば、アメリカの現状が今どうなっているのか。九・一一という大きなテロ事件がありました。その後、治安対策の強化が急激に主張、推進をされております。もともとアメリカでは、一九七八年、外国情報監視法、FISAと読むのだと思いますが、によって外国人の通信傍受というものが認められました。九・一一の一カ月後にその権限を強化するパトリオット法という法が成立をしまして、政府の監視活動を強化する条項が入りました。

以下、ある論文を御紹介します。
このパトリオット法においては、FISA、外国情報監視法に対して、広範な通信傍受活動を認め、特定の電話回線、コンピューター及びその他の通信手段を個別具体に指定せずとも、対象者に対するまたは対象者によるあらゆる通信の傍受が可能となった。また、これまでは、監視活動遂行のためのサポートは、裁判所による指定を受けた第三者機関(有力な通信事業者等)によるものであることが必要だったが、パトリオット法においてその限りではなくなった。この修正は、善良な利用者、特に、公共施設、図書館、大学、インターネット喫茶等においてインターネットにアクセスする者のプライバシーに大きな影響を与えるこ
ととなった。例えば、そのような施設において監視対象者が通信の実施をした場合には、FBIは、当該施設の全ての通信をモニターすることができる。また、モニターに関する協力要請を受けた者(図書館等)は、モニタリングが実施されていることを口外してはいけない。また、この広範な通信傍受活動は、合衆国憲法修正第四条が要求する捜索令状において、捜索場所の特定に合致をせず、合憲性に係る問題を生じさせた。この論文は、平成二十七年九月から翌二十八年の二月までアメリカに留学をした法務省公安調査庁の若手の職員が、「米国におけるテロ対策の現状及び課題」として公にしているものであります。この共謀罪という法律は、まあ、テロ等準備罪という名前でもいいですが、犯罪の実行着手から見て、現行法と比較した場合、予備罪、準備罪と比較した場合、時間的にかなり前の段階で、計画の段階で検挙をしていくということは、名前がどうであっても変わらないかと思います。(←ここは大事)

通信傍受について、金田大臣は予定をしていないということを何度も答弁をされておりますが、その一方で、将来は検討の可能性がある旨の答弁をされております。この通信傍受の、使わない使わないと繰り返されている答弁の理由と、そしてまた、将来検討の可能性があるというこれまでの答弁は維持されるかどうか、改めて確認をしておきたいと思います。

○金田国務大臣 テロ等準備罪の創設に伴って通信傍受の対象犯罪とする予定かどうかというお話であると受けとめました。テロ等準備罪を新たに設けることに伴いまして、テロ等準備罪を通信傍受の対象犯罪とするかということは、全く予定をしておりません。そして、将来にわたって通信傍受の対象犯罪にしないと明言できるのかというふうに言われました。まあ、明言するのかということですね。それに対しましては、テロ等準備罪を含めて、通信傍受の対象犯罪を追加する法改正を行うことは予定はしておりません。(←大変重要なところ。きょうも内閣委員会の質疑で、警察のトップ、国家公安委員長に改めて確認した部分だが、まだ疑念は拭えない。犯罪実行より時間的に遥か前の計画や凶暴で逮捕するためには、証拠に基づく捜査よりも、情報収集、監視的捜査の必要性は高まると考えらえるので、ここは、さらに今後の質問ポイント。)

○井出委員 ここはまたいずれ深掘りをしたいと思っておりますが、現在の通信傍受捜査というものは、きちっとその令状が要る、さまざまな限定がある。そうした中で実際に、共謀、合意という、これまでの刑法では一般的には取り締まってこなかった、まあ、限定で共謀罪というものもありますが、そうした段階のものに適用できるかというところはやはり議論があると思います。

その一方で、警察庁は、これまでの今後の刑事司法のあり方などをめぐって、会話傍受と新たな捜査手法の必要性を繰り返し述べております。警察庁のホームページを見ますと、こんな文章があります。

警察においては、警察捜査を取り巻く環境の変化に適切に対応していくため、会話傍受制度や仮装身分捜査、証人保護プログラム等のさまざまな捜査手法について不断に検討を進めていく必要があると、会話傍受のことはしっかりと出てきております。今読み上げました文章は、警察庁の採用情報サイト、新たに警察官になりたいという人が見るサイトです。ですから、警察の捜査の今後をしっかりと明示しているのかなと思います。

通信傍受の拡大、それから会話傍受の導入、そうしたものが、今、法改正は予定されていないと。その一連の、会話傍受、通信傍受の拡大が、今検討されているこの共謀罪の新設、大幅な拡大によって、そうしたものの導入の議論が私は加速されるだろうと思って見ておりますが、その点についてはいかがでしょうか。(←議論が加速することは確実ではないかと私は思っている)

○金田国務大臣 捜査手法のあり方、捜査のあり方については、個別具体的な事案に応じてさまざまでありまして、一概にはお答えをしかねるのでありますが、テロ等準備罪の捜査についても、現在行われている他の犯罪の場合と同様の方法で、刑事訴訟法の規定に従って必要かつ適正な捜査を行うこととなるものと考えております。(←ここは全く答えていない。今日の内閣委員会で、警察トップの国家公安委員長は、「捜査手法の検討は、テロ等準備罪とは別物」と答弁したが、この答弁は、さらに問いただしていかないといけない)

○井出委員 このテロ等準備罪、共謀罪、私は、前段に少しアメリカの事例を取り上げましたが、日本はそういう大きいテロというものが幸いにしてないわけですね。ですから、アメリカの事情が理解できないわけではございません。

実際、この共謀罪、テロ等準備罪の世論調査を見ますと、その必要性を容認する数字というものが高い、そういうものが新聞等で出ております。テロ対策の必要性を何となく皆さん、国民が感じているかもしれない。この点について、この法案でテロ対策が万全になるということはないということは、また機会を改めて徹底的に明らかにしていきたいと思いますが。

一昨年、衆議院の法務委員会で通信傍受捜査の拡大について議論をしたときに似たような思いを、この共謀罪についてなぜ世論は容認をするのか、通信傍受捜査の拡大についてなぜ通信傍受捜査導入時のような大きな反対がないのかということを同じ思いで考えたのですが、一つには、治安、犯罪対策というものへの要請があると思います。
それともう一つは、インターネットでこれだけ今情報が氾濫をしている。インターネットに積極的に自分自身も書き込んでいる。メールやメッセージだって、さすがに自分のものは人には見られていないだろうけれども、アメリカの話とかを聞いていれば、見ようと思えば見られるものになっているのではないか。私は、これは一つの諦めのような心境の容認の仕方なのではないかなという思いを、通信傍受の捜査の拡大のときの議論そしてまた今回の世論調査の数字を見ていて思うのです。

大臣の答弁でおっしゃった幸せというものは、日本が今、すばらしい治安を誇っている、その安全を守る、それから刑法、刑罰に謙抑的な、安心できる社会である。これは、世界の先進国ほど犯罪情勢は多様になってきますから、そういうバランスをとるということはなかなか難しい。そのバランスをとることこそが幸せな社会であって、どうせもう、インターネットというものは自由にやれるけれども、みんな見ているんだ、悪いやつは監視されるんだ、そういう気持ちで日々過ごしていく社会というものが本当に幸せと言えるのか。そのことについて伺いたいと思います。(←幸せとは、理想なのかもしれないが、日本は世界よりも幸せを守っていると私は思う)

○金田国務大臣 幸せという意味をどの範囲で捉えるかというのはあろうかと思います。幸せは非常にさまざまな内容を持つものだと思います。今委員が御指摘になられた、監視のないという表現をされましたが、それも非常に重要な要素ではないかな、こういうふうに考えておる次第であります。

○井出委員 刑法の謙抑主義というものを、言葉は前回の予算委員会でも紹介をしたんですが、それを日本で一番最初に言った方は宮本英脩さんといいまして、京都帝国大学の教授の提唱であると言われております。一九二六、昭和元年に、刑法学綱要第一分冊というものの中で初めて紹介したと言われております。

この方の論文を読んだのですが、この宮本さんは、人間の風邪や病気に社会と犯罪との関係を例えられて、社会も時を経ていくといろいろな犯罪要因が出てくる、それに対して手を打っていかなきゃいけない、人間も年をとってくればいろいろ対処をしなきゃいけないところがある、いろいろ薬を飲まなければいけなくもなってくると。果たして、この共謀罪、テロ等準備罪というものが、私は、まだ健常で、風邪を引いたりちょっとお酒に弱くなったとかいろいろあるかもしれないですけれども、例えば健常でしっかりと歩ける人に松葉づえを持たせるようなことになるのではないか。

宮本さんの言葉をかりれば、犯罪というものは根絶することはできない、人間に、風邪一つ引かないで生涯壮健に生きろと言われたら、恐らくその人間は部屋から一歩も出ることができなくなるだろう、風邪とか病気とかけがというものは防ぐことができないんだ、だからこそ、そういうものがどうしてもあるということを認めて、それをどう予防していくか、犯罪の予防の意義を説かれているんですね。


人間の体、病気、そういうもので例えれば、私はやはり、必要以上に刑法をふやしていく、まあ、条約で入らなければいけないという理由は一つあります、しかし、日本は治安がいい、国内的な治安情勢を見れば、今、共謀罪を幅広く設定するという意味合いはないのではないか。

私は、幸せなのは、どちらかといえば、できるだけ刑法の謙抑主義を守っていくということだと考えますが、大臣のコメントをいただきたいと思います。

○金田国務大臣 委員御指摘のとおり、もちろん刑法の謙抑主義というのは重要である、このように思っておりますが、一方で、三年後に迫った東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を控えておる現状の中で、昨今の国内、国外のテロ組織による犯罪を含む組織犯罪情勢等に鑑みますと、テロを含む組織犯罪を未然に防止して、これと闘うための国際協力を可能とするようなTOC条約を締結することは不可欠であろう、このように考える次第なのであります。(←謙抑主義よりもオリンピックのテロ対策、のための条約に入ることが大事と、ここは明確な反論だった)

現行法は、TOC条約が定める重大な犯罪を行うことの合意または参加の犯罪化義務を果たしておりませんので、そのこと自体が十分な立法事実に当たりまして、繰り返し御説明をしてきたところであります。

具体的に、犯罪化義務を果たしていないということに関しましては、現行法上、参加罪は存在せず、そして、共謀罪、陰謀罪が設けられているのはごく一部の犯罪にすぎません。また、予備罪は予備行為を処罰するものであって合意を処罰するものではない上に、裁判例上、相当の危険性がなければ処罰の対象とはならないという状況にあるわけであります。
したがいまして、TOC条約の犯罪化義務が果たされていないということが明らかなわけであります。

(ここからは、新たな共謀罪に、チェック機能はあるかという問題提起)

○井出委員 条約の話が出ましたので少し私からも申し上げたいのですが、尾崎久仁子さんという方がおりまして、この方は、もともと外務省、それから法務省刑事局にも出向して、今、国際刑事裁判所裁判官、裁判所第二次長に選出をされている方であります。この方が二〇〇七年に「刑事法ジャーナル」というところに文章を寄せているのですが、当時の尾崎久仁子さんの肩書は、国際連合薬物・犯罪事務所、まさに条約関係を扱うところの条約局長のお立場でありました。

その主張を見れば、国連のお立場、外務省、法務省と行かれての御発言ですので、日本の国内法を整備すべしだ、そういうことを一貫しておっしゃっているんですが、その最後のところで御紹介したいところがございます。

国際社会においては、国際刑事法の発展は国際人権法の発展といわば対になって、あるいは一体化して進められてきた。この条約が求める措置が国際社会の害悪と闘うために必要であるとするならば、求められるべきものは国内の刑事法を強化しないことではないと。この方は国内法を整備しろというお立場なんですね。そうはっきりと述べられているんですが、最後の結びとして、その後、国内刑事法と人権保障の双方の強化をする発展的バランスの確立であると思われる、そのことが重要だと述べられております。(←政府と同じ、共謀罪を整備すべしという論者の言葉から、人権保障の大切さを見つけたのは、われながら良かった)

これまでの法案の審議、細かいことは成案が出てからやると思いますが、少なくとも、大きなところを議論した限りでは、今回、共謀罪をたくさんの犯罪に対象を広げることで、それに対して、人権を擁護するようなものがあるのか。

二〇一三年の特定秘密保護法、あれも大変評判が悪く、私も反対をしました。しかし、あれは、すったもんだあったおかげで、今、曲がりなりにも国会にチェック機能ができた。昨年、一昨年の通信傍受捜査の大幅拡大はどうだったのか。立会人は要らなくなる、いずれ警察の施設内でやることができるということに対して、我々はくどいほどそのチェックを求めた。チェックを求めた、その実現には必ずしも至りませんでしたが、あれだけ本当に、私は何度も何度も、どの会にもそのことを言ってきておりますから、何かあったときは、あれだけ言ったじゃないかと、それを言うことのできるぐらいの資格が私にはあると思います。

今回のテロ等準備罪、共謀罪の新設については、そうした人権に対する配慮、チェックのところ、そうしたものの議論はこれまで一切なかったと思いますが、何かおっしゃっていただけるようなことはあるのでしょうか。

○金田国務大臣 ただいまの委員の御指摘でございます。申し上げるまでもなく、テロ等準備罪に限らずに、罰則を立案するに当たりましては、人々の安全、安心を守るという要請を、人権保障の要請をないがしろにすることなく実現をしていくということが常に課題になるんだ、このように思っている次第であります。この課題をどのように克服していくのかということをしっかりと検討して、そして国民の皆様に御理解をいただけるように御説明するのが政府の責務ではないかな、このように考える次第であります。(一般論というか、あまり答えになっていない印象を受けた)

○井出委員 まだ成案を得ていないというのであれば、今、与党の中で部会が開かれているとも聞いておりますが、この部分についてもしっかりと議論をしていただきたいと思います。(与党は法案を了承したという話がきょう、マスコミから伝わって来て、与党内で、チェックについて議論がなかったとすれば寂しい)

(最後は罪刑法定主義の大切さについて、ここは質疑というより、私の演説に近いが大事なところなので時間をかけた)

それから、最後に、罪刑法定主義がいかに重要であるかというところについて、少しお話をさせていただきたい。私がさきの予算委員会で質問したときに、大臣の方から罪刑法定主義というお話を挙げていただきました。私は刑法の謙抑主義というものを挙げましたが、いずれも根底は同じ、刑罰を行使していく上で非常に重要な概念であると思います。この罪刑法定主義の考え方というものが一体どれだけ日本に長く根づいているのか、それがいかにして守られてきているのか、そのことについて何か感じていらっしゃることがあったら、まずお話をいただきたいと思います。


○金田国務大臣 罪刑法定主義というのは、一定の行為を犯罪として行為者を処罰するためには、あらかじめ成文の刑罰法規によって犯罪と刑罰とが規定されていることを要するという原則をいうものと承知しております。その趣旨は、国家の刑罰権を法律の定める限度に制限することによって、個人の権利と自由を擁
護しようとするところにあるのではないか、このように考える次第であります。

○井出委員 罪刑法定主義というものがいかに大切にされてきたかというところをお話しさせていただきますと、現行の刑法は明治四十年に始まっております。しかし、罪刑法定主義というものは、その一つ前、今から百三十五年前の旧刑法に明記をされております。旧刑法の二条に「法律ニ正条ナキ者ハ何等ノ所為ト雖モ之ヲ罰スルコトヲ得ス」と。(←罪刑法定主義は戦争の反省とか、戦後レジームとかいう話ではなく、明治15年からの日本の国柄。ちなみに罪刑法定主義はイギリスのマグナカルタ、フランスの人権宣言、アメリカの合衆国憲法にもある。)旧刑法に大きな力を果たしたと言われているのは、ほかの日本の法律の近代化にも貢献をしてくださったフランスのボアソナードであります。ただ、そうはいっても、日本の刑法というもの、それまでの江戸時代それから幕末、王政復古、大政奉還の直後は、まだはりつけですとか首をはねるとか流刑というものが認められていた。それを大きく法典的に変えたのがこの旧刑法なんですが、そうはいっても、まだ日本には、むしろ罰を厳しくしようという考え方が残っておりました。

それから、当初フランスのものを参考に刑法が整備され、すぐにほかの法律と同様に、ドイツの考え方、フランスのような共和制ではなくてドイツに見習おうということで、ドイツにあらずば法にあらずということで、刑法もいじられることになるんです。そのときは、ボアソナードの師に当たる方にオルトランという方がいて、その方に学んだ宮城浩蔵さんという方が、旧刑法から今度、現行法の刑法の制定に一定の力を果たすことになる。

明治四十年にできました刑法の一番の特徴と言われているのは、刑の執行猶予制度を設けたこと、それから正当防衛を殺傷罪だけではなくて広く一般化したこと、そうしたさまざまなものがあって、参考にしたドイツの刑法よりも進んでいる、そういう評価をされている論文を幾つか見ております。(←明治維新、不平等条約解消などのために、近代化を急いだ日本は、外国のいいところを取り入れたと、刑法については言えるのではないか)それが、例えば自由民権運動を取り締まる、すみません、名前はちょっと定かではありませんけれども、新聞何とか条例というものができたり治安維持法というものができて、戦争に近づくにつれて、やはりそうした罪刑法定主義、そういうものの大切さというものがだんだん失われていく。

では、戦後はどうだったのか。戦争が終わったからといって、必ずしも刑法が大きく変わったわけではありません。刑事訴訟法は確かに大きく変わりましたが、刑法そのものは、不敬罪であるとか姦通罪であるとか、そうしたものがなくなったにとどまった。大枠を維持したというのが主な刑法学者の言い方であります。

しかし、先ほどの議論とも重なるんですが、それから絶えず、社会の高度化によって、やはり犯罪に対して厳しく処罰をしなければいけないんだ、そういうことがいつの時代も言われてきたと言っても決して過言ではありません。(←ここはとても大事、日本もそうだし世界もそう)

戦後で申し上げれば、一番端的なのは改正刑法草案の議論があったときです。そのことについても、最終的には、口語化に絞った、書き方を変える改正へと縮小していくことになって、日本は、やはり法律罪刑法定主義ですとか謙抑主義の原則というものに対しては極めて厳格であった。

その一方で、犯罪は高度化をしておりますから、今では当たり前ですけれども、著作権法や証券取引法の改正は一九八六年、私が生まれてからのことであります。独禁法への刑事制裁の強化、それから、国際的なものでいえば、八〇年に国際捜査の共助法などというものもできておりますが、日本の刑法にかかわるものをふやすということは、そうして個別の目的に応じて個別に対応してきているんですね。(←ここはさらに大事、ここはさらに明確にしていきたい)

共謀罪、今回、二百七十七だと思いますが、広く包括的なものを一気に刑法にふやすということは、私はその意味においては、恐らく、戦前戦後
を見ても、これは本当に大きな転換点ではないか。テロ対策は確かに非常に大事だと思うんです。でも、私は、できるんだったら個別に手当てをした
方がいい。今までの刑法の改正の中で一生懸命守ってきた大事な謙抑主義、罪刑法定主義の原則というものをここで一気にぐわっとふやしてしまって本当にいいのか、それだけの危機感はあるのか。このことは国民にも考えていただきたいことでありますが、それだけの大きなことに着手をしようとしている、そこに、金田大臣がその任に当たっている、その危機感、緊張感というものがどれだけあるのかということを伺っておきたいと思います。(←ここは特に強調したいところ。「国民にも考えていただきたい」という言葉をこれまで使ったことはなかったが、この法律をなんとなく容認しているとしたら、もっと大切なものがあるということをどうしてもお伝えしたかった)

○金田国務大臣 井出委員からは、非常にいいアドバイスといいますか、本来の、刑法に対する考え方、罪刑法定主義から始まって、御指摘をいただいたと思っております。

現行法との整合性が確保されるということが非常に、私、御指摘をいただいたとして考えた場合に、既遂犯の処罰というのが原則である。実行着手にとどまる未遂よりもさらに手前の段階となる予備、共謀の処罰というのは、犯罪の未然防止を図る上で必要性の高い重大なものについて例外的に設けられているものと認識をしております。この点、テロ組織を含む組織的な犯罪集団が計画をして実行する犯罪というのは、国民生活に重大な結果をもたらすんだ、したがってその未然防止を図る必要性は高いんだ、こういう考え方だと思うんですね。

したがいまして、そのような犯罪について、合意に加えて実行準備行為が行われた段階で処罰するものとするということは、重大な結果、重大な犯罪ということとの視点からまいりまして、現行法の規定との整合性を欠くものではないのではないかというふうに考える次第であります。(←ここは、抑揚なく大臣が答弁したので、新井がよくわからないが、とりあえず法案の必要性は述べている。でもこうして改めて字にしてみると、合意や準備行為やらの条件をつけて重大犯罪を取り締まるのだから、謙抑主義や罪刑法定主義の原則からはみ出ないと言っているように見える)

○井出委員 穏やかにお話をされましたが、法案の必要性というものを今お話しになったと思うんですが、きょう知っていただきたいのは、刑法を大きく変えかねないような、そういう話であるという緊張感を持っていただきたい。(←ここの、緊張感については、今日の法務委員会で、逢坂議員が改めて問うたところ、大臣から「緊張感を持ってやっていきたい」旨の答弁があった)
立法事実として、一つ、条約に入るということはあると思います。それから、それが結果としてテロにも資金が回るんじゃ、そういう話も私は理解をします。だけれども、最近の予算委員会で言われている、百八十七の国がこの条約に入っていて十一だけ加盟できていない、それは恥ずかしいという、私はそれは数の問題ではないと思うんですね。むしろ、日本が謙抑主義、罪刑法定主義を守ってきたことの方が誇るべきことであって、何か国連の会議に行ったら第三列でオブザーバーだみたいな話よりも、私は、今の日本はよっぽどとうといものを持っていると思う。

民進党は条約の参加というものについては肯定的に捉えているんですが、私の問題意識は、きょうお話をしたように、この条約に入ることの必要性で刑法の一番大事なところが失われるようであってはならない、その視点でこれからもまた議論をしていきたいと思います。きょうはありがとうございました。

○鈴木委員長 次回は、明八日水曜日午前八時五十分理事会、午前九時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
午後四時三十二分散会

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて