衆院選日記 12月9日   2014 年 12 月 10 日

「もう期日前投票で庸生さんに投票してきたよ」と言ってくださった方がたくさんいて大変ありがたい。

中には、「早くいかないと、いろんな人から、いろんな人をお願いされちゃうから、『お願いされる前に庸生さんにしないと』と思って行ってきたわ」という年配の女性もいた。いろいろなおつきあいがあるから、義理堅い人ほど投票は悩ましいものかもしれない。

投票日が忙しいから期日前投票に行く人が多いと思っていたが、手続きが簡素化されてからは、期日前投票にいく理由も様々になっているのだろう。

自分の行きたい時に1人でも、また、友人や家族とでも。自分に合った形で、選挙に参加しよう。

期日前投票にいこう!

衆院選日記 12月8日   2014 年 12 月 9 日

遊説で有権者と話していると、「期日前投票に行った」という人が出てくるなど、ようやく選挙らしくなってきたと感じるが、この選挙は、とにかく有権者の拒否感が強い。
「700億円の税金のムダ」「なんのために選挙をするのか」「選挙をやっても結果は変わらない」「争点がわからない」など、選挙そのものに否定的なことを言われる。

私は、低調な、やったかやらないかわからないような選挙になって現状を黙認してしまうことが、いま「ムダな選挙」といわれていることが現実化することだと思う。

「入れたい政党がない」「入れたい候補者がいない」という人も多い。選挙に抗議するなら、解散総選挙をしかけた自民党には入れたくないという人もいるだろう。とはいえ、野党は小さい党がバラバラで、期待できないという人も多い。

私は、この選挙をチャンスだと思っている。既存の政党への期待が極めて低い中で、旧態依然として政治を超えるチャンスである。期待感のない既存政党の看板にすがっていまの選挙を戦うことしかできない候補者に大きな改革はできない。党に期待できないなら、党を変えることができそうな、国政を変えてくれるかもしれないという人に投票してほしい。未来と目標のある人に入れてほしい。全国各地で、政党への逆風に負けずに、主張・信念を拡げている候補者がいる。そういう人たちが多く勝ち抜けば、国政を変える芽が増える。

ムダと思われる選挙でも、私はみなさんの思いをムダにはしない。投票に行っていただきたい。

衆院選日記 12月7日   2014 年 12 月 7 日

きょうは、千曲市、坂城町で演説会を開いた。そのときに不意に出た言葉だが、「私はこの2年間、本物の国会議員とはどういうものかをお見せしたいと思って、地元の活動も国会の活動も、2人分、3人分のつもりでがむしゃらにやってきた」と言う言葉だった。

「一年生国会議員は地元に張りついて、次の選挙に勝つことが仕事だ」と昔誰かが言ったことを、本か新聞で読んだことがあるが、私は2年前、初当選した時に「地元を回るのは当たり前、国会で活躍する姿をみてもらって次の選挙に臨みたい」と思ってきた。

私が未熟、実力不足で、到底「本物」に至っていない。ただ、国会審議の出番は事欠かなかった。党の仕事も多かった。地元回りも、街頭だけでなく高校訪問や県内全市町村アンケート、有権者へのアンケートはがきのお願いなど、私なりにいろいろ考えて独自の活動をしてきた。

そして、私は、こうした仕事をすべて、このFacebookや国政報告会などで「国会議員とはいかなるものか」をオープンにしてきた。国会議員が何をしているかを、見えるようにしてきた。活動をオープンにすることは、私自身にとっても、活動はどうあるべきか、なにをすべきかということを考えるきっかけになる。名実とも「本物」を目指して、前に前に、進むのみ。

衆院選日記 12月6日   2014 年 12 月 6 日

「こいつは怪物かも」「非常にタフ」。過分な褒め言葉が掲載された信毎朝刊で気持が奮い立ったが、喉がかすれて声がでない。午後から上田映劇で個人演説会。集まった多くの方に勇気をいただいて、選挙の節目となる演説会を乗り切った。上田から佐久へ、いつもの浅間中前交差点に着いた時はおそらく氷点下だっただろう。体が震え、街頭演説が途切れ途切れに。言葉が続かない。

しかし、その後だった。

車から手を振ってくれる人がいつもより多く、「ありがとうございます」を繰り返すだけで演説する暇がなくなった。右折待ちの車の窓が開き、「頑張れよー」「一票いれるからな!」と言う声が響く。言葉に詰まり、「ありがとう」も出なくなった。体は冷え切ったが、心身がなにか覚醒したようだった。夜は住宅地を、演説しては走り、演説しては走り。元気が戻ってきた。不思議なことに、あれほど苦しんだ喉のかすれが気にならなくなった。


街頭演説はここ3年ほど、私の定番になっている。しかし、「声なんて届かないだろう」「パフォーマンスだ」「レベルが低い人間のやることだ」と言われることがよくある。私も、街頭をやめようかと思ったことが何度かあるし、いまも、街頭の是非が時折頭をよぎる。

街頭に立つ姿をみてくれた人と偶然会って話が深まることがあれば、「街頭をみた」といってネットで交流が深まった人もいる。また、広く有権者にお願いしてきたアンケートハガキも、「街頭に立っているのを見たから送った」という人もいる。私の活動は全てつながっている。街頭が欠けても、現実の出会いや国政報告会が欠けても、ネットが欠けても、アンケートが欠けてもだめなのだ。全てが連動して、人とのつながりが、広く、深くなっている。だから、選挙のあともずっと街頭を続けてきた。

街頭の是非について、明快な答えをもっているわけではないが、街頭に立ち続けなかったら、今の私はなかった。多くの人の応援が私を強くしてくれた。政治活動を始めてから、街頭を含め、全ての活動で多くのお支えをいただき、自分の能力以上のものを発揮してきた気がする。

支えられることによって人は強くなる。本物の怪物だって、我々が知らないだけで、いろんな支えをうけているかもしれない。

 

衆院選日記 12月5日   2014 年 12 月 5 日

今朝の信濃毎日新聞3ページに「ネット選挙 県内試行錯誤」という記事が出ていた。候補者や陣営の個別の名前を伏せている記事だが、私のFacebookも紹介されている。

私自身の選挙で、選挙期間中もインターネットが使えるのは今回が初めてであり、ネット選挙にどう臨むかいろいろ考えてきたが、私自身の更新は、朝と、夜の「衆院選日記」がメインだ。衆院選日記で私が皆さんに伝えたいのは、政策でもあり人柄でもあるが、つまるところ、「私の政治への思い」である。日中の投稿は、応援してくれる人やボランティアにお願いして、私自身は遊説に専念させてもらっている。上田での出陣式、自分でいうのも変だが気合の入った演説ができた。その録画を忘れて「しまった」と思っていたら、支援者の人が、撮影していたものをあとでアップしてくれて、本当にありがたかった。

私が主にFacebookを利用しているのは、日常の政治活動でお世話になっている人が多いFacebookで、まずいろいろな情報を発信するべきと考えたからだ。HPとブログは政策と予定のみを見やすく公開している。

企業秘密の部分もあるのであまり細かくは書けないが、私はインターネット選挙に無限の可能性を感じている。とくに、一度会ったことがある人とのその後のつながり、またネットをきっかけにその後会った人とのつながり。実際の出会いとネットが融合すると、つながりは深く、そして大きくなる。

きょう、川上村のスーパー「ナナーズ」で街頭演説をしていたら、Facebook友達がナナーズにいて聞いてくれたようで、あとで、寒さも吹き飛ぶ温かいメッセージをいただいた。

ネット選挙は、候補者や陣営はもちろん、その効果を検証したいマスコミも試行錯誤が続いている。いずれセオリーみたいなものが出てくるのかもしれないが、無限の可能性を私らしいやり方で、ネットも現実のおつきあいと同じように広く、深く、大切にしていきたい。

投票日まであと9日。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて