氷上トライアスロン in小海町   2011 年 1 月 30 日

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは。

本業ではありませんが、今年最初の大きな目標だった

「第22回氷上トライアスロン小海大会」

30日に無事終わりました。

スキー3キロ、ラン16キロ、スケート10キロ。

ランも標高差が560メートルあって山を駆ける感じでしたが、

3時間7分34秒。

 

 

 

 

 

 

スキーとスケートが初心者であることを考えると

上々のタイムで完走できました。

スキーやランの山登り、スケートは

途中何度もやめたくなるような苦しさでした。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、最後のスケートで「ラスト3周」とスタッフの人に言われると

このまま終わってしまうことが寂しく思えてしまうという

得難い体験をさせてもらいました。一生の思い出になりそうです。

 

 以前にも書きましたが、この大会は協賛企業の減少などで

去年が最終回のはずでしたが、

参加者の強い要望に応えて存続した貴重な大会です。

200人の参加者をレース前日の説明会・レセプションから迎え、

大会当日はかなりの数のボランティアが

コースのいたるところに配置されます。

雪道の除雪、滑り止めの砂まきなど

運営側の苦労は数知れません。

炊き出しやおにぎりは朝5時から準備したそうです。

参加費は1万円を超えますが、決して高くないと参加して感じました。

運営が決して容易ではないこの大会を

小海町が続けることにした原動力はなんだったのか。

後日、町の皆さんに話を聞いて紹介したいと思います。

 

小海町の皆様と応援して下さった皆様に

心より御礼申し上げます。ありがとうございました<(_ _)>

前夜祭   2011 年 1 月 29 日

こんばんは。明日いよいよ「氷上トライアスロン小海大会」です。

きょうは前日受付と説明会、そしてレセプションでした。

レセプションは下の写真です。前夜祭のようでした。

小海に前泊して大会にのぞむ人も多く、アルコールでリラックスする人も。

去年が最終回のはずだった大会が存続し、大会関係者も参加者も

感謝の気持ちに包まれたレセプションでした。

レセプションに出ていろんなことを考えましたが

詳細は後日、書かせていただきます。

食事で出たビーフカレー、おいしかった。パワーをいただきました。

きょうは選挙で応援してくれた人とたくさん再会しました。

というのも、参加選手は大会プログラムに名前が載るのです。

庸生という珍しい名前でよかった(笑)



「アルクマ」は来れませんでしたが、「信州なび助」が

レセプションを盛り上げていました。

明日に備えて寝ます。おやすみなさい!

こんばんは。1つお知らせがあります。

みんなの党は、4月10日に行われる県議会議員選挙に

原田 貴司(はらだ たかし)氏・30歳を、

長野市の選挙区から公認候補として擁立することにしました。

原田さんは長野市在住で、

上田高校からアメリカのインディアナ大学を卒業、

アメリカ公認会計士の資格を持っています。

会社員をしていましたがすでに選挙にむけて退職しています。

きのう、信濃毎日新聞朝刊に記事が出て、長野県庁で各社の取材を受けてきました。

原田さんの方から党の公募に申し込みがあり、公認が認められました。

私は、党の依頼で原田さんと昨年初めて会いました。

第一印象はすごく優しそうな人でした。

私からは

「小さい党でやるということは、外から見ている以上に厳しい道だ」、

「1度や2度の失敗は覚悟しなければならない」と

厳しいことばかりを伝えました。

原田さんの覚悟が知りたかったからです。

それは、原田さんがこれまで歩んできた道のりも含めて

これから歩む厳しい道を突き進む気持ちが

どれだけあるかはっきりさせる必要があると思ったからです。

党本部には申し訳ないと思いますが、

私は候補者をたくさん確保すればいいという考えは全くありません。

後日原田さんから電話があって、張りのある声で

「それでも挑戦したい」と返事をもらいました。

返事をきいてまず感じたことは

若い世代の挑戦をとめてはいけないし、とめることはできないということです。

優しい顔に似合わない強い決意を感じました。

私自身の想いと重なるところもあり、

微力ですが原田さんを手伝うことを決めました。

長野県政は、田中康夫元知事時代に大きな変化が起こりそうになりました。

一定の期待はありましたが反発も強く、

県民が、急激な変化よりも

一歩一歩の進歩を選択したのが村井県政だったと思います。

去年、村井前知事から阿部知事にかわったことは、

知事選の結果にほとんど差がなかったとはいえ、

県民は、村井前知事の後継者ではなく

新しい指揮者を選択したことになります。

阿部知事はタクトをふりあげはしましたが、

あげたタクトを振るところまで、まだいっていません。

県政というオーケストラがこれからどのような曲を奏でるのかがまだ見えていません。

私たちはチケット代を払って、様子見のオーケストラを眺めています。

国政が迷走する今、

先が見えないのは長野県に限った話ではない気もします。

一方で大阪府など、独自の方向性を打ち出している地方もあります。

こんなときだからこそ長野県議会に新しい血を入れたい。

知事与党だの野党だのという旧来の勢力争いとは無縁で、

県民の想いをそのまま県に持ち込める人を県議会に出したい。

また、若い世代の代表を1人は送り込みたい。

そんな気持ちを原田さんに託すつもりです。

原田さんのことはまた時々、ブログで紹介させていただきます。

ご支援たまわりますようお願い申し上げます。

氷上トライアスロン小海大会   2011 年 1 月 27 日

こんばんは。きょうは告知です。

1月30日に小海町で開かれる氷上トライアスロン大会に参加します。

年々協賛企業が減少して大会運営が厳しくなるなど去年、21回をもって大会を終了することになったのですが

是非継続してほしいという願いが多く、小海町観光協会が主催して存続することになったそうです。

町の志にあふれる大会に、感謝の気持ちでのぞみたいと思います。

 

午前8時に小海リエックス内をスタートしてまずスキーを3キロ。

その後16キロのマラソンでスケートセンターまで下り、最後にスケートを10キロです。

ウインタースポーツの王様と名付けたくなるような内容です。

スキーとスケートは久しくやっていないので、先日密かに試したのですが、、、

当日のレースが不安になりました。

特にマラソンの後のスケート10キロって脚がもつか不安です。

体力の限界に挑むレースになりそうです。

制限時間の4時間以内に完走できるよう体調を整えて頑張ります。

まちづくりを考える2   2011 年 1 月 26 日

こんにちは。

佐久病院の高度救急分野の移転計画が進む中、病院が縮小した後の臼田のまちづくりを考えるワークショップ(住民のグループ討議)が本格化してきた。これまでは病院縮小に対する住民の不安や要望を出すことに主眼がおかれていたが、18日に開かれた3回目のワークショップでは、ワークショップできそうなことと、できないことがはっきりしてきた。簡単にいうと医師の数や病床数、それに診療科目の種類など、病院の再編計画に関わるところは、住民の意見でもいかんともしがたいということらしい。18日のワークショップでは市の臼田支所の方が、住民の意見で聞き入れられないものを1つ1つ説明した。佐久病院の機能分散は、佐久病院が臼田を超えて東信や県全体にかかる大きな役割を果たすようになった背景があるから仕方がないことかもしれない。しかし、住民側だって半ばすがる思いで出した意見もあった。だから、病院側のしかるべき人に説明をしてもらいたかった。願いがかなわない事実を告げられることは誰もが嫌なことだが、しかるべき人にはっきりいってもらった方が気持ちの整理がつく。要は筋を通すということだろう。18日の事務局の説明にがっかりした人は私だけではないと思う。私はこのことについて発言を控え、他の人も発言しなかった。だがそれは事務局の説明に納得したのではなく、様々な想いを飲み込んだというべきだろう。 

さて結局、ワークショップで今後議題となりそうなテーマは市側の整理だと3つになる。1つは「福祉・医療のまちづくり」。これは存続する病院を中心に健康施設を作るとか、医療の学びの場を作るとか、まさに佐久病院を中心に「医のまち」をつくっていくこと。2つ目が「活力あるまちづくり」。これについては住民の不安が端的に出ている。ストレートに言えば、病院が小さくなれば交流人口が減り、まちがさびれてしまう不安。臼田が今後、どうやって人を呼び込み、にぎわいを守っていくかということだ。3つ目が「やさしいまちづくり」。これは病院の駐車場のあり方や老朽化が目立つ歩道の整備など環境面の課題だ。市側は、「活力」とか「やさしい」とかいう言葉で上手く課題整理をしたが、私は、真剣に考えないといけない課題はただ一つ、どうやって臼田地区に人を呼びこむかに尽きると思う。これは臼田に限った話ではないし、やれるものならそうしたいと誰もが願っている。

残る佐久病院を街の軸に考えるとするならば、病院には引き続き、地域医療の「聖地」であってほしい。故若月俊一先生は農村医療、地域医療の開拓者と言うべき方だった。食べていくためにみんな必死で、体のケアに気を使う暇がなかった農村に医療を広めたのが当時の地域医療だった。健康志向が高まり、高齢化が進展する現代の地域医療とはなにか。地元の高齢者、病院を訪れる高齢者が笑顔で安心して暮らせる街。医師や病床の数が減ることは避けられないようだが、高齢者が日々楽しく体力を維持できる健康サロンを常設できないか。ちょっとした運動をする講座や、みんなで何かを学ぶ教室が開かれるのもいいと思う。車いすや杖を使う高齢者にとって、病院周辺の歩道はあまりにボコボコだ。病院前の通りは横断歩道を増やす。歩行者の青信号時間をのばす。さらに思い切って、車に徐行を義務付ける。みんなで考えればいいアイデアがたくさん出ると思う。 地域医療の最先端を走り、医師を目指す若手のあこがれの病院、街であって欲しい。

市役所近くに移転する高度救急医療機関はすでに実施設計が始まり、来年度中に着工、平成25年度中には開院というスケジュールが示されている。臼田に残る病院は、実施設計が24年度中から、建設・完成が26~28年度中とまだ計画途上だ。ワークショップの意見は、24年度から市に対する提言が始まるようだ、話し合い次第では実行性のある提言ができると思う。そして提言には市や病院側も真摯に応えてほしい。

佐久病院の今後について、臼田はもちろんだが佐久市全体、そして東信や県全体の人たちにもっと関心をもってもらって議論を深めたい。私はワークショップに参加して皆さんからいただいた意見や自分の考えを発信することでわずかでも貢献できたらと思っている。 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて