都市と地方   2011 年 2 月 23 日

昨日の産経新聞に「あっ!」と思う記事をみつけたので紹介したい。

「2050年展望 居住地域、2割無人化 総人口25%減 過疎化進む

 国土交通省は21日、過疎化や人口減少がこのまま続いた場合、2050(平成62)年には、日本の総人口が05年に比べて25%超減り、人が住んでいた国土の約20%で、住民がいなくなるとの推計を公表した。過疎化が進む地域では人口減少率が平均で61%と、全国平均(26%)を大幅に上回っており、都市部だけに人口が集中し、それ以外では減るという現象が極端に進むことになる。(以下略)」(産経新聞インターネットより)

2050年といえば私は72歳だ。国土の20%で住民がいなくなった日本がどうなっているか不安で仕方がない。実は1月にも同じようなショックを受けた記事があった。TPP(環太平洋連携協定)推進派の竹中平蔵慶大教授が次のように語っているの。記事の前半は割愛するから要旨を紹介するが、前半は、自由貿易の推進とともに国内農業の強化をどう図るかという問題で、竹中氏は農業の集約化、大規模化を進めるべきだと主張している。そして、そうした競争に不利な山間地の集落について問われた竹中氏は以下のような発言をした。

『―山間地など、競争に不利な集落の農業はどうなるか。
 「日本の人口はこれからどんどん減る。私の出身地の和歌山県でも人口は今後20年間で20%減り、長野県も同様だろう。そのとき、今の集落をそのまま維持することはできない。申し訳ないが補助金を出すので山間地の人は都市に移ってください、という国土政策に転換するだろう」
 ―住む人には割り切れない思いもあると思うが。
 「誰しも心和む、のどかな集落は消したくない。だが、そこを維持するために日本経済全体が沈もうとしているならどうするのか。最低限の文化的、健康的な国民生活を守るには、住まいを移転したり、農業を続けられない地域が別のことに取り組んだりすることも必要だ」(以下略)』(1月13日信濃毎日新聞朝刊より)

産経新聞の記事は、2050年には極端な都市化と過疎地の人口が0人になるところが多くなるという結果の予想を示している。一方竹中氏は、そうした予想を踏まえて都市化が国土政策になると言っている。私は、2つの記事が示すような日本の将来像を受け入れたくない。国土の狭い日本がさらに自ら国土を狭めるようなことをしていたら、100年200年先をみた時に、国力を著しく落とすのではないかと思う。狭い国土だからこそ、すべてを有効に使うべきだと思っている。大都市集中化は数十年先の国力は守るかもしれないが、その先が見えないと思う。

悲観的な予想に対しては今から危機感をもって望むしかない。農業ならどうするか。自然豊かな田園風景を守りたい。それには農業の参入者をふやすことが大切だ。農地法の改正をはじめとする規制緩和が必要だ。民主党が減反とセットでやっている戸別補償制度には反対。減反は廃止する。減反をやめて生産量を増やす。品質の高さを売りに海外への輸出を行う。生産規模の拡大とともに高品質が農業のカギだと思っている。規模拡大が難しい山間地も品質、つまりブランド化に活路が見出せると思う。就農者が夢を持てる農政をしなければならない。荒廃した農地が減って豊かな田園風景が広がれば、都会にはない田舎の魅力に惹かれる人も多いと思う。

もう1つ、地方に人を呼ぶ方法は、前にも言ったかもしれないが教育だと思っている。首都圏への人口集中は雇用の問題もあるが、私は学校の問題が大きいと思っている。魅力ある公立校を増やす。まずは信州が最先端教育地域になる。なぜ公立校なのか。それは授業料が安いからである。「長野の公立校は他とは違うぞ」と話題になれば、「子育ては信州で!」という合言葉がうまれる。市町村や都道府県が自由な教育施策をできるよう、権限と財源を国から移さないといけない。そして、教育委員会と学校と親が一体となって公立校の再生に取り組める環境づくりを政治が考えないといけない。

世論調査   2011 年 2 月 20 日

メディア各社が行う世論調査が限界にきていると感じる。

最近の新聞の世論調査は、コンピューターで無作為に発生させた電話番号に電話をかけて、有権者のいる世帯にかかれば調査協力を依頼し、回答を集める。NHKにいた時は対面聞き取り方式もあったが、主流は電話だ。

しかし、今はほとんどの人が携帯電話を持っている。電話に出る人は極端に減っている。田中秀征さんは、「家の電話に出て世論調査に答える人は退職者が多い」と言っていた。そうかもしれないなと思う。新聞の世論調査とインターネットの世論調査の結果が異なるという指摘はもう何年も言われ続けている。インターネットは、自由な発信の場であり、既存の大手メディアに疑問を持つ人が多い。年代でいえば若い人が多いという指摘もある。

こういったことを総合すると、新聞の世論調査は、世論の一部しかとらえていないのではないかという疑問が膨らむ。NHKにいた時、特に選挙で街頭アンケートを何度もやった。街頭アンケートは、数を集めればそれだけ統計的な価値が高まる。夜遅くまで、1人でも多くの方に答えてもらおうと粘った。足を棒にして集めた街頭アンケートが、NHK本社が行う世論調査と一致しない。でも、選挙の結果をみると街頭アンケートの方が結果に近かったことが何度もあった。

広い世論を反映できない調査が世論調査と言えるのか。メディアは世論調査の方法を考えなおす時期に来ていると思う。

文章も個性だ   2011 年 2 月 19 日

先日書いた投稿、「いつか本に??」について、「最近のブログ、人間らしくなってきましたね(笑)」というコメントをいただいた。おそらく褒めていただいたと思うのでとても嬉しい。“とくめい子”さんありがとうございます。

ブログを始めた時から、考えたこと・調べたこと・体験したことなどを書いてきた。選挙が終わってからは考える時間が増えたので選挙前とは多少変わったが、スタンスは変わっていない。考えが深まらなければ納得のいくものは書けない。また、たまにはソフトで、読んだ人が笑ってくれるようなことも書きたいと思う。大きく変わったのは文体だ。日記は高校時代に真剣に書いただけだが当時の文体に似てきた。

きのう(18日)、田中秀征さんの民権塾に出席して話をきいてきた。秀征さんは私と同じ年のころから何冊も本を書いている。今も雑誌で連載をしたり文章で発信することが非常に多い。秀征さんに文章へのこだわりを聞きたいと思い、質疑の時間に聞いてみた。秀征さんは、「そんな質問は初めてされた」と言っていたが丁寧に答えてくれた。

秀征さんは、「最初は文章や本を書くとは思ってもみなかった」という。それが、選挙で主張をチラシに書くなど、「必要性に迫られて書くようになった」という。今も「積極的に書きたいと思ってるわけではない」と言っていた。ただ、「次に何を書くかは、移動中など時間のある時いつも考えている」とそこは真剣な顔で話していた。文体は、「美しくとかカッコいいものを書く気はなく、年々散文を意識するようになっている」とのことだった。昔の文章は恥ずかしくて見たくないと言っていた。

秀征さんの話をきいていて、文章に対する考えが1つはっきりした。文章は、話し言葉と一緒で10人10色、個性だ。無理に飾ることはない。無理にカッコをつければいつか疲れ果ててしまう。私のブログも始めたことに比べると自然体になったと思っているが、これからは堂々と自然体でいたい。これまで文体は悩みの種だった。勉強を積み重ねていけばまた変わるだろうが、常に自然体でいたい。秀征さんに政治家のブログについても感想を聞きたかったが、残念ながら一切みていないとのことだった(苦笑)

秀征さんは話もとても面白い。話の筋道や言葉の選び方に唸らされることが多い。秀征さんは別の場所で、「自然と言葉が出てくる」と言っていた。秀征さんは政治の動きに常にコメントを求められるので、反射神経というか瞬発力が問われる。コメンテーターや政治家の中にも、テレビを見ていて、「なかなかうまいことをいうな」と思う人はいる。でも、毎回一生懸命コメントを考えているなという、悪く言えば「作り物」を聞かされているような感じを受けることもある。聞く人をうならせる言葉が自然に出るというのは、秀征さんの体験、教養、そして文章を書き続けてきた人生のなせる技だろう。

私も政治活動を始める上で自己発信の必要性を感じてブログを始めた。まだ赤子のようなブログだが、「次に何を書こうか」いつも考えている。皆さんのご意見、感想が栄養源なので気軽にコメントをいただければありがたい。

追いつめられたら、人は動く   2011 年 2 月 18 日

今年は、「政策ではない政局の話」はできるだけ触れないようにしようと思っていたが、思うところがあったので少しだけ書きたい。

きのう、民主党の衆議院議員16人が、離党せずに会派離脱を表明した。16人の議員が決断し、行動に出たということはニュースである。真っ先に感じたことは「追いつめられたら、人は動く」ということだ。16人はいずれも前回の衆院選挙で選挙区ではなく比例単独候補として当選した、当選1回から2回のメンバーだ。一昨年の民主党への追い風に乗って当選した人たちだ。次の選挙では選挙区もない。ましてや比例代表で今の民主党から、前回のような大量の当選者を出すことは望めそうにもない。

民主党で追いつめられていたのは、小沢一郎氏だけではない。小沢氏は追いつめられても存在感を発揮し続ける力がある。民主党内で本当に追い込まれていたのは、小沢氏ではなく、きのう決起した16人だったのではないか。菅政権に力があるようにはみえないので「窮鼠猫を噛む」とはいかないが、追いつめられたら人は行動する。

しかし16人の未来は決して明るくない。私が無知なのかもしれないが、16人1人1人の知名度がない。リーダーたる人物がいればリーダーをシンボルにして、民主党を離党することもできただろう。16人の個々の力がないから、小沢さんの影がちらつくと報道されてしまう。今朝の朝日新聞によると、16人の代表である渡辺浩一郎議員は記者会見で 「我々は、民主党と国民の約束の上に存在する比例代表の議員だからこそ、現政権に黙っていられない。我々こそが真の民主党だ」と話したようだ。 16人は、菅政権がマニフェストを修正していること、つまり政策の違いが行動の原点だと言いたいようだが、その思いは残念ながら伝わらない。民主党がマニフェストを放棄したことは誰の目からも明らかであり、マニフェストを実行できると信じている人はほとんどいない。

先ほども触れたが16人にはリーダーたる人物がいない。16人1人1人がこれまでどれだけの活動をしてきたのか。16人にとっては、反旗をかかげても「民主党」の看板が最大の肩書であり、その看板にすがらないと勝負に出られなかったのだろう。ブームにのって当選を果たした16人。16人は、民主党が候補者をかき集めた「寄せ集め集団」であることを端的に表している。そういう見方をすれば16人は「真の民主党」だ。民主党内で最も追いつめられた人たちが最初に動き出したにすぎない。 16人という人数なので今後の政局によっては脚光を浴びるかもしれないが、私は、16人に国を託す気にはならない。

アンチ政党なのか   2011 年 2 月 14 日

こんばんは。

民主党の原口一博・前総務相が、佐賀県内の首長や

地方議員による政治団体「佐賀維新の会」を

今月中にも立ち上げるというニュースが流れている。

地域主権改革を進めるため、

民主党を中心に超党派の参加を呼びかけるという。

大阪の橋下知事や名古屋市の河村市長らとの

連携を考えているという報道もある。

 

私は、地域の新しい政治の動きでは

大阪の橋下知事に大変期待していた。

発言力のある地方のリーダーが国を動かす期待感があった。

河村名古屋市長についても公約を実行しようという姿勢を

評価していた。しかし最近不安になってきた。

河村市長・大村愛知県知事の「ムラムラコンビ」が圧勝したことで

こうした地方の流れが「アンチ既存政党」の枠でくくられている。

地方の改革を進めるという旗はどこへいってしまうのか。

 大阪も愛知も、県と県庁所在地都市の合併を実現して

2重行政を解消しようという。筋は通っている。

しかしどこの都道府県も、県庁所在地は相対的に恵まれた

環境にある。地方分権、地域の個性豊かな発展を

考えないといけないのは、県庁所在地以外の多くの市町村であり

県と県庁所在地が合併して機能が良くなりましたと言われても

そのほかの市町村になんのメリットがあるのかが見えてこない。

さらにおいてけぼりかという不安がある。

私は、地方分権の主役は都道府県や道州ではなく

市町村だと思っている。地域主体の行政を担うのは

市町村であり、都道府県や道州はその補佐をするという

行政改革が必要だと思っている。

 

国の将来像を示せないまま

古い自民党のようになっている民主党。

「反民主」だけが旗印になり、

これまたかつての民主党のようになっている自民党。

発言が過激だとか理解できないと、

2大政党から変人扱いされるみんなの党(苦笑)。

 

アンチ政党に期待が集まる流れは止まらないが

期待の高まりに振り回されて力のある地方首長が

当初の目的を見失うことのないように願いたい。

そういう気持ちで、引き続き大阪、愛知、そして

きょうの佐賀の動きを見ていきたい。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて