政治家の敬語   2011 年 4 月 5 日

県議会議員選挙のおかげで、党派によらずたくさんの候補者の街頭演説を聴く機会がある。

以前から思っていたことがあるが、敬語の使い方が間違っている政治家、立候補者が多い。政治家でいえば、総理大臣の記者会見などを聞いていると考えさせられる。最も良い例が鳩山前総理だ。鳩山前総理は育ちの良さのせいか、ご本人にしかできないような言いまわしの敬語が多かった。国語の授業の題材にはならないなといつも思った。

有権者に対して敬意を払うこと、そして、公の奉仕者として、政治家には敬語が必要だと思う。しかし、選挙戦が大詰めのせいか、これでもかというぐらい敬語を重ねて、いったい何に対して敬意を表しているのかわからない人もいる。

私は、自分の選挙のときも、そして最近選挙の手伝でマイクを持つこともあるが、謙虚に、聞いてくれる人に敬意を伝えることができればいいと思っている。

立候補者の演説は、多くの有権者と、そして有権者ではないがたくさんの中学生や高校生も耳を傾けている。間違った敬語だけは使ってほしくないと思う。

県議選、本格化   2011 年 4 月 5 日

県議会議員選挙が本格化してきた。

今朝8時、長野駅前に街頭演説に行ったら、合わせて3つの陣営がいた。

10日の投票日まで今日をいれて5日間しか活動できないのだから、どの陣営も必死である。

でも、1月の終わりから氷点下の寒さの中で街頭演説を続けてきた候補者がいたことは、長野駅の通勤客はみんな知っている。名前を改めて書けないことは大変残念だが、ここで紹介し直す必要もないだろう。私も彼に付き合って毎朝チラシ配りをしてきたが、通勤客の彼に対する目は温かかった。

今朝の各陣営の必死さと、足早に通り過ぎる通勤客をみて、毎朝続けてきて良かったなと思った。

地震の影響で選挙どころではないと思っている人が多い。私も全国的に選挙を延期すべしと考えてきた。でも、その願いもかなわず投票日がどんどん近づいている。無関心な選挙はやる意味がない。無関心な選挙になってしまったら、その後の県政に声をあげることができない。県民の声を届けることができる人材を県政に送るためにも、どうか4月10日だけは気持ちを投票にむけて欲しい。
井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて