演説の力   2011 年 4 月 10 日

県議選・運動最終日が無事終わり、日付が変わってから自分のアパートに1週間ぶりに戻った。後は投開票を待つだけだが、とにかく学ぶことの多い選挙戦だった。

最終日の最後は、午後6時から8時まで、候補者と私で交互に演説を続けた。途中他の陣営に短時間場所を譲ったが、2時間ほとんど演説しっぱなしだった。

私は、演説をするときは原稿をあらかじめ文章にできない場合でも、頭の中に話すテーマを考えておくことがほとんどだ。しかし、昨夜の演説は違った。2時間も話し続けていると、頭の中の原稿は使い尽くして空っぽになる。残された道は、思いのたけをありのままに語ることだけだ。昨夜は初めて、候補者と会ったときに自分が話したこと、候補者の選挙運動を支えながら感じたこと、そして今後候補者に期待することを演説で話した。通りすがりの人へというよりも、候補者と私の会話に近い内容だった。これまでの応援演説ではそういう話は一切してこなかった。心情的な話よりも、政策や政治に対する考え方を話すことが良いと思っていたからだ。しかし昨夜の演説は、通りすがりの人の反応が違った。自分の思いのたけを話しているときの方が耳を傾けている人が多かった。

私が自分の選挙で最も印象に残っている応援演説は、田中秀征さんの演説だ。有権者へというよりも私自身に語りかけてくれているように感じ、「頑張らねば」と何度も思った。しかも、秀征さんの応援演説は集まった人たちも聞き入っていたし、今も、いろんな人から秀征さんの演説が話題になる。特に記憶に残っているのは、秀征さんが私の地元佐久でやった演説だ。県外から佐久に来たばかりの私のことを、地元の人に丁寧に丁寧に話してくれた。選挙の応援なのに、政局の話は一切と言っていいほどなかった。

昨夜、頭の中の原稿が空っぽになって、自分の思いのたけを演説したことで、わずかだが演説の幅が広がった気がする。改めて感じたのは、演説は1回1回が勝負であり、準備も含めて全力を尽くさないといけないということだ。準備段階で、「まあこのぐらいで大丈夫か」などと妥協していては人の心に響く話はできない。もっともっと言葉を大切にして、人をひきつける演説ができるよう精進したい。

 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて