シンプルに   2011 年 5 月 31 日

日々、みんなの党のホームページをチェックしているが、きょう江田憲司幹事長が定例記者会見で次のように言っていた。

「船頭多くして船山に登る。会議は踊る、されど何も決まらず。そういった批判が多い。なによりこういった震災対応、危機管理対応では、少数、シンプルな指揮命令系統であたるというのが基本だ。この点、菅政権は逆の方向にいっている」

菅政権が閣僚を増員する法案を提出しようとしたり、会議が乱立していることにたいしての発言だ。

提出が目前に迫っている内閣不信任決議案の後のことを考えると、可決されても否決されても前途多難な気がする。

菅総理の力に、はこの2ヵ月半でみんながNOの結論を出している。不信任案が否決されても菅政権の運営はますます難しくなるだろう。菅総理が生まれ変わって実行力を発揮するとも思えない。

そして可決された場合は、自民党、公明党、そして民主党の造反組と、3つの大きな力が生まれることになる。まさに「船頭多く」ではないかと危惧している。

 

3月11日の震災発生前から、「政治は足の引っ張り合いをして何も決められない」「だれがやっても同じ」というたくさんの声を有権者から直接聞いてきた。報道でも何度も放送されてきた。こうした声は、震災の発生によってさらに真剣味を増している。

しかし、こうした声を上げる人はその後に、「しっかりやってくれる人、党であればどこでもいい」と続ける人が多い。「政治にしっかりして欲しい」という激励も多くの人から聞いてきた。報道されないが、有権者の願いもまたシンプルだ。

前にも書いたがやるべきことははっきりしている。原発事故の収束と被災地復興を迅速にすすめることができるシンプルな体制がうまれることを期待したい。ともかく明日からの動きに注目したい。

両親へ   2011 年 5 月 31 日

きょうは父の65回目の誕生日。

5年前に父が還暦を迎えた時、私はNHKに勤務して仙台にいた。

離れていると親のありがたみがわかるもので、

当時は親孝行をしようとお祝いした。

 

おととし会社を辞めてから、父に迷惑をかけっぱなしだ。

33歳にもなって親に心配させていることが恥ずかしく直接言いにくいが

「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えたい。

母も今月60数回目の誕生日を迎えた。

両親にいつか安心してもらえるよう、1日1日を全力で生きたい。

さて、頑張らねば   2011 年 5 月 31 日

友人の結婚式で来月、2次会の幹事をすることになった。

大事な友人だ。なんとか思い出に残る2次会にしてあげたい。

私自身は結婚式も2次会もしない。私と妻の考えでそうなったのだが、

そんな私でも、なんとか友人のために2次会を成功させたいと思う。

ささやかではあるが、人のためになれるチャンスが訪れたので頑張りたい。

 

 

産経新聞のネットをみていたら、こんな記事をみつけた。以下に引用したい。↓

 

『世論も「木を見て森を見ず」 対応遅れの批判に仙谷氏』

 仙谷由人官房副長官が30日の記者会見で、産経新聞などの世論調査で、東日本大震災の政府対応を評価しない有権者が多いことに色をなして反論する一幕があった。 まず仙谷氏は、仮設住宅の建設が計画より遅れていることについて「市町村のマンパワーの違い、あるいは市長さんの力が違うからだ」と、責任を自治体に転嫁。その上で「対応が『遅れている』と言うのは『木を見て森を見ず』か『一事が万事』みたいな極端な話だ」と批判した。 記者団が「それは国民が『木を見て森を見ず』ということか」と追及すると、「そういう部分も全くなきにしもあらずだ」と言い切った。 仙谷氏は官房長官時代にもたびたび「世論批判」を炸裂(さくれつ)させた経歴の持ち主。この日は久々に「仙谷節」復活となった。(引用終わり)

 

産経新聞は仙谷氏に対して一貫して批判的なスタンスなので、この記事自体、仙谷氏にとっては不本意だろう。ただ、仙谷氏が記事の中の発言で、仮設住宅建設の遅れについて「市町村のマンパワーの違い」としていることは、私もその通りだと思う。小さな市町村では手に負えない被害に対応するために、政府が、自治体間の応援を促すことを具体的に、そして迅速に欲しいと思う。

震災から2ヵ月半の間、菅政権は仮設住宅の建設やがれきの処理にほとんど対応できていないといわざるをえない。菅政権が不信任案の提出をうけて退陣したとしても、その後も期待はできないと前に書いた。

しかし、原発の情報を隠すことなく公開し、仮設住宅やがれきの処理を迅速にやろうという人に、一刻も早くリーダーの座を譲るべきだ。いま、日本のリーダーがやるべきことははっきりしている。

 

きょう(29日)、お世話になった方の告別式があった。

篠ノ井でうどん屋さんをしていた方で、私の父の世代だ。

人のためなら何でもする、曲がったことの嫌いな人だった。

意見がぶつかることもあった。しかし、

真剣なまなざしから発せられる言葉には

何にも代えがたい重みがあった。

喪主は娘さんだった。私と同世代。立派なご挨拶だった。

いつか自分がそういう立場になった時、同じようにできるかと考えた。

亡くなられた方あっての娘さんのふるまいだと思った。

父親とやっていたうどん屋を続けていくという。

故人のこだわりがメニューにもよく出ていて、一級品ばかりだ。

故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 「うどんととんかつの石川亭」 長野市篠ノ井布施高田882-4

お近くにお立ち寄りの際は、是非足を運んでいただきたい。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて