岩手県大槌町でボランティアをしている間、「テント暮らしは大変だから」と地元の人が避難所に泊めてくれたことを以前書いた。私がお世話になった寺野弓道場の責任者だった藤原さんは、元々町役場の職員で定年後盛岡市にいたが、復旧のため駆けつけたという。

 

避難所の朝は早い。5時を過ぎるとみんな起き出して掃除や洗濯をする。7時過ぎに全体の掃除があるのだが、掃除は7時前に終わっていることが多い。毎朝7時からのラジオ体操はCDなどがないので、みんなで「1,2,3,4・・・」と声を出してやる。体操の前に年配の男性がハーモニカで、「ラジオ体操の歌」を演奏していた。

「素晴らしい朝が来た、希望の朝~♪」

とみんなで歌うと、1日の活力が湧きだしてくるようだった。

 

日中はみんな壊れた自宅の片付けなどに行くという。しかし自宅が遠くへ流されてしまい片付けさえできない人もいる。避難所は高齢者、女性、子どもが多かった。男性は仕事の都合などで家族と離れて生活しているのだろうか。

 

夜は9時半消灯。7時ごろ夕食があり、自衛隊が設置している風呂に入る。みんなでみることができるテレビは1台しかない。私はボランティア作業で帰りが遅かったが、150人の人たちは思い思いにおしゃべりをしたり、携帯をみたり。子どもたちもゲームをしたりと様々だ。私の隣にいた家族の女の子は進研ゼミの勉強をよくやっていた。電気が消えると寝るのだが、150人の寝息やいびきは初めて聞いたときは戸惑った。毎日へとへとだったのすぐに寝たが気になる人もいるだろう。隣の女の子が夜に泣きだし、母親が慰めているのを寝袋の中で聞いた時だけは辛かった。3日目になるとあちこちで咳が聞こえるようになった。風邪の流行は防ぎようがない。

 

150人もの共同生活なので大声を出す人もいない。酒を飲む人もいない。みんな気を遣って生活している。テレビでみたことのある仕切りはなかった。お互い自分たちの荷物でなんとなく場所を確保しているだけだった。実は一度、仕切りをつけたのだが、「近くの人との会話がなくなる」という声が多く撤去したという。盗難も聞いたことがなかった。節度の保たれた避難所だった。

 

弓道場は土の上にブルーシートとござが敷かれ、その上に厚い畳が各世帯ごとにしかれていた。厚い畳が敷かれたのは私たちが来る2,3日前だったという。ござの通路を掃除のときに雑巾がけしたが、ゴツゴツ固い。震災直後は雪もふったというからかなり寒かっただろう。生活状況はだんだん良くなっているというが、避難所生活の長期化は限界がある。私が日中、役場から被災者と電話をしていても、「どこでもいいから早く仮設住宅に入れてほしい」という声を何度も聞いた。

 

責任者の藤原さんは私が町を離れる前日、盛岡へ戻った。夕方、私がいる役場の部屋までわざわざ挨拶に来て、「避難所に泊ってボランティアをやるような人に必ず国会に行って欲しい。頑張れ」と励ましてくれた。

 

微力ながら町の手伝いをすることができたが、それ以上に大きな力を町の人からいただいた。

期待がもてない   2011 年 5 月 28 日

被災地からもどって1週間が過ぎた。微力でもなにかできることがないかとここ数日真剣に考えている。しかし真剣に考えれば考えるほど、今の国会や政府の動向にたいする失望が深くなっていく。

菅内閣への不信任案提出をめぐる話だ。自民党の谷垣総裁が「今の政治状況を打開するため、野党の責任を果たす」と言ったのはその通りだと思う。谷垣総裁は「迫力がない」などと新聞に批判されているが、誠実さが伝わる数少ない政治家なので頑張ってほしいと思っている。ただ、まじめゆえに自民党内からの足の引っ張り合いにつぶされるのではないかと不安だ。ともかく私も、菅内閣は1日も早く退陣するべきだと思っている。

今朝の産経新聞が、不信任案提出は6月3日だと1面で報じている。しかし、勝負時が迫りつつあっても私は冷めた気持ちで最近の政治をみている。熱くなれないのは、その後の政治に期待がもてないからだ。同じ思いの人も多いと思う。誰が総理をやっても、世の中良くならないのではないかという政治不信が渦巻いている。

不信任案が成立した場合、盛んに言われている民主、自民、公明の挙国一致内閣が誕生したと仮定する。3党の中で総理になってほしいと思う政治家がいるだろうか。また、挙国一致内閣になろうと民主党政権が続こうと、鳩山前総理、小沢元代表といった人たちが再び表に出てくる可能性が高い。これも政治の後退だ。小沢氏や鳩山氏は、菅総理と代表選を戦った後からマニフェストの遵守を公言してきたが、震災後の非常時に悠長なバラマキ路線を強化されてはたまらない。それとも、権力を握るために再び思想を変えるのか。

小沢氏のことで最近「これはダメだ」と思ったのは、渡部恒三氏との合同誕生会である。被災地の産品を楽しみながら2人が仲直りしたと何度も報道された。小沢さんは岩手、渡部さんは福島が地元なのに、2人とも被災地をみていないのだろうか。民主党が復興に集中するために2人の仲直りが必要だというのなら、「復興のためにがんばろう」と堂々と握手をすればよい。合同誕生会などという古い演出、そして華やかな会場の様子を何度もテレビで見せられたら、被災者や被災者のためになにかをしようと思っている国民の気持ちは離れていくだけだ。2人が被災地を訪れたニュースもあったような気がする。被災地にはいっているはずだ。それでも合同誕生会を開いてしまうあたりが、政治感覚が社会とずれていることを如実に物語っている。

菅内閣では震災復興が遅々として進まないことはこの2ヵ月半で明らかだ。退陣を求める動きは支持したい。しかし、その先に希望が見える顔ぶれがいない。有権者は2年前、自民党に愛想を尽かして民主党政権を選択した。その民主党が自民党と変わらなかったことが明らかになり、政治の選択肢を完全に失った。そして大震災が起こってしまった。

菅内閣が退陣したらどういう政権ができるか分からないが、とにかく原発対応とがれきの撤去、仮設住宅の建設、農漁業の復興など、緊急を要することを本気でやってほしい。小さな市町村が大きな被害にどれだけ悪戦苦闘しているかよく考えてほしい。復興が本当に一段落したらすぐに解散だ。与野党に関わらず政治の信を国民に問いなおさなければ、政治への期待は生まれない。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて