まだまだこれからだ   2011 年 7 月 20 日

原発事故の収束過程「ステップ1」が達成されたと一斉に報道された。放射性物質の放出量は事故直後の200万分の1になり、安定的な冷却に到達したという(産経新聞朝刊より)。しかし今は、これ以上悪化しない状態を維持しているだけで、まだまだ予断を許さない。これからが大事だ。

菅総理が13日に開いた会見で話した言葉がある。

「事故収束にあたっても、一定のところまではステップワン、ステップツーで進むことができると思いますが、最終的な廃炉といった形までたどり着くには5年10年あるいはもっと長い歳月を要する」

菅総理の「脱原発」はすっかり信用ならないモノになってしまったが、この発言を私は注目している。福島が完全に元通りになる道は、まだ見えていないということだろう。福島から離れたところにいる我々も引き続き関心を持ち続け、事故の収束を身守らなければいけない。

助走   2011 年 7 月 20 日

選挙で知り合った20代の人からきのう、メールをもらった。自分の目標にむけて英語の勉強をしているという。選挙で1度会ったきりだが、その後数回、電話やメールをやりとりしている。自分のやりたいことがイメージとしてはあるが、もがいているのではないかと勝手に想像している。

返信のメールを書いていて自分のことを考えた。努力をしても報われない、先が見えない時期が何度かあった。中学から始めた野球でそれなりの結果が出るようになったのは高校の後半からだった。大学受験は2浪した。1浪のときは東京6大学と呼ばれる大学にことごとく落ちて1つも合格しなかった。自分の力が出せれば志望校に受かるという感触を得たのは2浪目の秋だった。

努力しても先が見えない。努力が報われるための努力をしないといけない「助走」期間が誰にでもあるのではないかと思う。苦しかった時期が助走だったと思えるのは、もちろん結果が出てからだ。助走をしている間は、先が見えなくても目の前のことをやるしかない。NHKでもそうだった。記者は特ダネをとって初めて認められるが、最初に特ダネと呼ばれるネタを取るまでにかなり時間がかかった。

人生は、右肩上がりにうまくいく時ばかりではなく、低迷する時がある。でも低迷する時があるからこそ、一気に伸びる時が来るのではないか。私のまわりには今、もがいている人が何人かいる。また、安定を捨てて1からスタートを切ろうとしている友人もいる。先が見えない苦労を選ぼうとしている友人がいる。今の自分もそうであり、もがいている人たちから刺激を受けている。

昔読んだ漫画の主人公の言葉で忘れられない言葉がある。

「俺は何を目指すのかまだ見つかっていない。でもだからこそ今を生きることにした。今いる場所がつまんねえ場所だろうと、俺の道であることに変わりはない。俺のゴールにどうやってつながるか知らないが、いつかつながることだけは確かだ」

最近聴いた講演で20代の女性も言っていた。

「大変というのは『大きく変わる』と書くから、大変だと思うときは、大きく変わることにつながると思えば頑張れる」

自分も一生懸命もがいて目標を切り開きたい。先が見通せない中で頑張っている同世代とつながり、刺激をもらっていることに感謝したい。

 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて