きのうの毎日新聞朝刊2ページ、山田孝男氏の「風知草」は、野田政権が増税にむかって着々と進んでいく姿に警鐘を鳴らしている。山田氏のコラムは、批判をするときも抑制された文章で、「言いたい放題」ではなく「あえて言う」論調が私は好きだ。

記事では、「増税の前に原子力を推進してきた産学官の責任の明確化と改革」を求めている。「原子力安全規制のタガを緩めたのは官業癒着だ」と批判している。民主党政権になっても現役官僚の民間派遣を進めるなど、天下りが拡大したことを字数を使って指摘している。東京電力には天下り官僚が50人いるという。

そして非常に真理を突いていると思ったのが以下の文章だ。

「官僚が腹黒いからではない。官僚と言う特別な人種がいるわけではない。官僚意識とは、人間が権力をもったときに表れる自己保存の本能だ」という。ある意味、自分と所属する組織に忠実な人たちなのだろう。ただ、その忠実さが国民に向いていない。そうした官僚のモチベーションを変えていくのが政治の役目だと思う。

 山田氏は「官僚排除は不毛だが、無条件に依存したら飲み込まれる」、「人形でも財政再建はできればいいという声もあるが、財政が好転すればどんな国でもいいとは思わない」「増税と改革の説明を聞きたい」と結んでいる。

 最近、週刊誌などで野田内閣は「財務省内閣」だと盛んに言われている。

野田総理は代表選の演説で改めて行革の必要性を訴えた。私はあの演説に期待した。また就任記者会見で記者から内閣のネーミングを求められたときに「あえて自ら名付けるモノではなく、国民の皆様に政権運営をみていただき、結果として名付けていただくものだ」という主旨のことを言ってネーミングをしなかった。謙虚な姿勢にも好感を覚えた。

しかし、同じ毎日新聞1面に出ていた「野田内閣3原則①余計なことは言わない。派手なことをしない③突出しない」の記事をみると謙虚というよりも官僚的な印象を受けた。仮に謙虚さや地味さを「演出」しているだけだとしたら、害でしかない。

野田総理は自分の内閣をどう名付けて欲しいのか。それは野田総理の言う通り、政権運営にかかっている。

財務省内閣の看板が間違いであるということを行政改革で示してほしい。このままだと危うい。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて