南佐久の秋   2011 年 10 月 28 日

南佐久郡川上村の秋をお届けします。

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今が旬です。

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今週末、そして来週11月3日と

来週末に是非お越しください(^^)

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きょうまでのチラシ9338枚。



メディア~震災で感じたこと~   2011 年 10 月 28 日

3月11日の震災で

Twitterが大活躍したことは前にも書いた。

震災直後、Twitterは

家族や友人の安否確認や、助けを求める人、

それに必要な物資を求める切実な声であふれた。

このとき

テレビ、新聞も安否情報などに多くの時間を割いた。

読者、視聴者が求めている情報は何かということに

各メディアも集中していた。

 

日々のニュースは、

無数の出来事の中から報道各社が

「何がニュースなのか」を考えて、

トップニュースや紙面を決める。

本来読者、視聴者の利益を最優先に

ニュースを考えるべきだが、

どうしても他社の動向を気にする横並びの体質が

テレビにも新聞にもある。

自社の組織益を気にするあまり、

読者や視聴者のためという考えがおろそかになっている。

しかし震災直後は、

各メディアが被災者のための報道をしていた。

3月11日の大震災は、

メディア各社が「ニュースは読者、視聴者のために」という

原点に帰る機会になったのではないかと思っている。

 

震災から7カ月以上が経って、

震災直後の経験を

メディア各社がいかしているかというと、

また元に戻ったように感じてしまうのが少し残念だ。

メディアの多様化   2011 年 10 月 27 日

かつて新聞は

「速報性でテレビには勝てない」と言われた。

インターネットの普及とともに新聞各社は再び

速報性でテレビに対抗しようとした。

私はこの動きは間違っていると思っている。

新聞は主張、解説などで、速報性の求められるテレビとは違った

掘り下げた報道をするべきだと思っていた。

 

しかし新聞はいま、

主張や解説でも存在感が薄くなっている。

インターネットを媒体とするフリージャーナリストや識者が

新聞の社説より深い論陣を張るようになったからだ。

例えば「BLOGOS(ブロゴス)」というサイトがある。

このサイトは面白い。

日々のニュースについて

様々な識者の主張を集めている。

新聞社の「社説」より説得力のある文章も多い。

新聞の社説は毎日書き続けないといけないが

識者のブログには時間的なノルマがない。

専門家が時間をかけて考え、発信している。

 

読者は、色々な主張を読んで

自分の考えの一助とすればいい。

自分に合ったものを選べばいい。

 

 「BLOGOS(ブロゴス)」の読者は

まだ200万人だというが、報道は

「読者が取捨選択する時代」に

入りはじめているのかもしれない。

 

さて、新聞やテレビはどうなるのか。

この続きを書くには、

私自身も、もう少し考える時間が必要だ。

 

活動の源   2011 年 10 月 26 日

チラシ大作戦で、

チラシを読んでくれた方からメッセージをいただいた。

あまりに勇気をいただいたので以下簡単にご紹介したい。

 

「初めまして!長野川上村のアパートに昨日関西地方出張から戻り、井出さんの街宣用?!チラシをポストに見つけました。車を運転し、疲れて戻り、いつもならチラシなど目も通さないのですが、なんとなく気になり拝見し、初心、お志、教育に対する考え方、有言不実行のうそつき政治家ばかりの昨今にこう言った考え、実行力を持つ方が将来、代議士になられたら、、と大変感銘いたしました。今後、さらに活躍され、国民から真に信頼されるすばらしい政治家になられることお祈り致しております。若さあふれる中でも健康には気をつけられ、日々のご活動に専念されてください!」

 

私が訪問したときは不在だったのだろう。

でもポストに入れたチラシを読んでくれて、

私のメッセージに

共感して下さった様子が伝わってくる。

本当にありがたい。

このような励ましの言葉が

私の支えとなっている。

汚い字だが手書きでチラシを作るなど、

自分なりに思いを伝えようとしてきたが、

1人でも伝わっていることが実感できると

すごくうれしい。

 

きのうは

チラシ配りを手伝いたいという人からも

メッセージをいただいた。

 

1人で始めたチラシ大作戦が、

少しずつ共感する人を増やし

本当の意味で「大作戦」になりそうな。

そんな予感がする。

皆さまもどうぞご意見をお願いします<m(__)m>

 

きょうまでのチラシ9003枚。

軽井沢で高い放射性物質が検出され、

除染が行われたと報道されている。

数値は下がっというが、

原因が明らかになったという報道はまだない。

 

すこし前には、

世田谷区で高い放射性物質が検出された。

このときは、民家の床下から見つかった

ビンが発生源ということで

原発事故とは関係ないことが明らかにされた。

 

軽井沢の原因がはっきりしないことが

ずっと心にひっかかっていたのだが、

ある推測に行きついた。

 

それは、

ある地域で高い放射性部物質が検出された場合、

国や地方が、

「原発事故が原因です」と断言しにくいのではないかということだ。

ある地域で高い放射性部物質が検出されたとすると、

まず私たちは原発事故の影響ではないかと考える。

福島に近ければ近いほどそう考えるので

原発事故が原因だろうと既成事実化されてしまう。

 しかし、

福島原発から離れた地域で高い放射性物質が検出された場合

それを事故の影響だと断定することは

該当する自治体にとって

非常に大きな問題を抱えることになるので

言及しにくいのではないか。

世田谷のようにはっきりした原因があればよいが、

原因が分からなかった時に、

「原発事故の影響の可能性がある」と言いきることは

かなり難しいだろう。

原発事故発生直後に、

気象条件などによって放射性物質の拡散を予測する

SPEEDI(スピーディ)のデータが公表されず、

政府幹部が「混乱を招く恐れがあった」と後で発言した事実が

国や地方の心理状態を象徴的に物語っている。

大変なことになっている可能性があってもはっきりと言えない。

 

前に書いたが

原発事故の影響を最も気にしているのは子どもがいる母親である。

 私の知りあいは放射性物質の拡散を心配して、

住んでいた千葉県から子どもを連れて

実家の上田市に帰ってきた。

最初この話を聞かされた時は、

「千葉でも避難しないとだめなのか?」と思ったが

行政の情報があてにならないのであれば

自分の身は自分たちで守るということは当然の流れだろう。

 目に見えない脅威に対してどのように向き合っていくか。

その1つは調査と結果の公表なのだが

長野県を含めて

放射性物質にたいする調査が

住民を安心させる十分なものとはまだ思えない。

原発事故がこの国にいかに大きな脅威をもたらしたか。

私にはまだ、その底が見えない。

 

きょうまでのチラシ8527枚。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて