前原氏と産経新聞の対立は産経に分があり、前原氏は産経の会見参加を早く認めた方がいいという話は前に書いた。きょうは、この問題で私が感じる2つの懸念について書きたい。

政治家や役所の記者会見は、これまで記者クラブに加盟するメディアしか定期的な取材ができなかったが、最近オープン化が進みつつある。このためネットメディアやフリージャーナリストが、活動の場を飛躍的に広げている。そして政治家や役所も、ホームページやブログなどを通じて自ら積極的に発信している。

さてそうなると、取材のオープン化とメディアの多様化を理由に、公の立場にある人や組織が、メディアを「堂々と選別」し始めるのではないかという1つ目の懸念を感じる。実は、小沢一郎氏が一時期、「ネットメディアの方が新聞やテレビよりも正確に報道してくれる」と言っていたのを何かで聞いたときに、ふとこの懸念が頭に浮かんだ。今回、前原氏が産経を排除したことも、政治家がメディアを「堂々と選別」する潮流にならないよう決着してほしいと願っている。前原氏は与党政調会長という職責の重さから、小沢氏は政界への影響力から、2人とも広く取材に応じるべき立場にいると私は思う。

さて、もう1つの懸念は、政治家や役所がメディアを選別したときに、今のメディアが一丸となって戦えるかどうかである。今回の問題では自民党の世耕氏が、産経抜きの会見を容認した他社を「メディアの自殺行為」と批判している。http://blogos.com/article/32679/?axis=t:6311

前原氏と産経の対立は、産経以外の新聞・通信社も報道したし、テレビも何社か報道したようだ。他社が会見の場で抗議したという報道もあった。メディア各社は、やるべきことを一定程度したと私は思う。

しかし、もし会見から退席させられたのが産経ではなくネットメディアやフリージャーナリストだったら、新聞やテレビは無視するのではないか。ひょっとしたら、その場で抗議すらしないのではないか。ネットメディアやフリーと大手新聞・テレビの冷えきった関係をみると、新聞やテレビが、ネットメディアやフリーを擁護する姿がどうしても想像できない。

メディアの多様化と取材現場のオープン化が進み、俗にいう「記者団」の質が変わりつつある今こそ、メディアは報道の目的を改めて考えるべきだ。一番大切な視聴者や読者、つまり国民のことを考えれば、新聞・テレビとネットメディア・フリーがいがみ合っていても、いいことは1つもない。

これからも、メディアと公人の対立はたびたび起こるが、メディアは取材先に萎縮したり、他人事だと思ってうやむやにすることなく、国民のためになる行動を見せて欲しい。

最後に、「堂々と選別」にわざわざカッコをつけたのは、政治家や役所が暗に特定のメディアを敬遠することは昔も今のあるからだ。また、いくら公人でも、アポも取らずに本人はおろか家族までに迷惑をかけるような、非常識な取材につき合う義務はないことも付言しておきたい。

番長は堂々と   2012 年 2 月 25 日

民主党の前原氏が、定例記者会見で産經新聞記者の参加を拒んだことがさかんに報じられている。会見する部屋を変えて、出席者に名刺提出を求める徹底ぶりだったという。

公の職務に携わるものは国民に開かれた存在、国民の知る権利にこたえなくてはいけない。しかし、政治家や行政、警察などを取材しているとこういうことはよくある。

有名なのは佐藤栄作元首相が、退陣の記者会見で「ありのままに語りたい」といって新聞記者を締め出し、テレビにだけ会見をしたという話だ。

また、最近は違うようだが、ちょっと前に小沢一郎氏が、「ネットメディアの方が正確に伝えてくれる」といって新聞・テレビの取材から遠ざかったことも記憶に新しい。

役所や警察などでも、不利益を被るような記事を書いた社の取材を拒否することがある。これは「出入り禁止」という言葉で定着している。

公の立場にいる人でも、メディアを嫌い、選別することは前原氏だけのことではない。

ただ、今回の問題は産経新聞に分がある。それは、産経が自ら大々的に報じ続け、萎縮することなく社の立場を鮮明にしたからだ。新聞の見出しや記事は、反響が大きければ大きいほどその価値は高まるが、前原氏のとった行動によって「言うだけ番長」をさらに有名になったことは言うまでもないだろう。

公の立場にある人や組織と、メディアが取材を巡って対立することは当たり前のことだ。しかし、対立を長引かせてはいけない。

前原氏はこんどのことをケロリと忘れたふりをして、何事もなかったように来週から産経の会見参加を認めればいいと思う。与党の大幹部がいつまでも特定の社に会見参加を認めないようだと、立場の重みを分かってないと言われても仕方ないだろう。

番長は堂々としていないと。

 

 

死刑制度は、やむを得ない   2012 年 2 月 23 日

光市の母子殺害事件で最高裁判決が確定してから、

改めて考えてきた。

それでも

死刑制度は、やむを得ない。

 

国家や社会の統制を強めるための厳罰化は断固反対する。

しかし、自由な社会には責任・節度がなければ

本当の自由とは言えない。

 

数年前、日本は刑法犯犯罪認知件数が過去最多となった。

厳罰化を求める世論の後押しもあって

平成15年が「治安再生元年」と呼ばれて

警察の取り締まりが強化された。

取り締まり強化に一抹の不安を感じてきたが

犯罪件数は減少した。

 

治安が悪ければ、厳罰化を求める声があがる。

治安が良くなれば、たがが緩むことが懸念される。

死刑制度は、ないことが理想だ。

まずは死刑を執行するような犯罪がおこらない社会を作るべきだ。

きのうも書いたが、

光市の事件で妻子を失った本村洋さんの

「犯罪が起こった時点でみんな敗者なんです」という言葉を

私たちは肝に銘じないといけない。

本村さんが悩んだ13年間は

「厳罰化が強まった」という報道各社の論調では片付けられない

大きな問いかけを私たちにしている。

敗者が出ない社会を作ろう。

 

勝者なんていない   2012 年 2 月 22 日

 平成11年、山口県光市でおきた母子殺害事件で、犯行当時18歳1か月、事件から13年経って30歳になったという被告の死刑が確定した。

きのう(21日)、いくつかの新聞やネット記事に目を通したが、なかなか言葉がみつからない、非常に考えさせられるニュースだった。判決翌日の社説で、死刑を「妥当」としたのは産経新聞の「主張」だけだった。信濃毎日、読売、日経、毎日は、様々な問題提起こそあったが、社としての態度は明確にしていなかった。朝日は社説にこの話題がなかったが、日を改めて考えが掲載されるだろう。

親しい人がある日突然亡くなる。受けいれ難い死は、回りの人の人生を変える。地震などの災害で家族を亡くした人、事故や事件に巻き込まれて家族を失った人、病気で幼い子に先立たれた人。これまで、親しい人を突然失った多くの人たちと接してきた。

 中でも犯罪は人間が起こすことなので、残された人がもち続ける「なぜ?」という気持ちが非常に大きい。犯罪によって親しい人を失った人の話をきくと「どうしてこんな試練を与えるのだろう」とやりきれない気持ちになる。事件の前には戻れない現実に、胸が痛む。
記者になってまもなく、当時いた宮城県で、犯罪被害にあった人や家族をサポートする「みやぎ被害者支援センター」ができた。犯罪に巻き込まれた人や関係者にとって、事件直後のメディアスクラムも被害の1つである。そんな自責の念もあって、記者になって1年がたったころに、センターの賛助会員になった。母子殺害事件で妻子を失った本村洋さんや、全国犯罪被害者の会「あすの会」の顧問である岡村勲さんを聴く機会にも恵まれた。

判決をめぐる報道で一番心に響いたのは、20日夜にラジオで聞いた本村洋さんの「判決に勝者なんていない。犯罪が起こった時点でみんな敗者だと思います」という言葉だった。厳罰化が強まるという論調が目立つが、この事件と裁判を通じて、犯罪のない社会をつくるために多くの人が、心を新たにしなければいけないと感じた。

小谷村へ   2012 年 2 月 6 日

長野県の西北端、新潟県糸魚川市に接する小谷村。

 今年、小谷村はかつてない豪雪に見舞われている。

平年の2倍の積雪といわれている。

長野県は2月1日、小谷村に災害救助法を適用した。

平成18年豪雪以来の適用だという。

 

 

糸魚川市にいったん入ってから細い橋を超えて

山間部にある小谷村大網地区。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平年の2倍では済まされない、

3メートルはあろうかという積雪が地区を覆う。

どこが道路かもわからない。

村の人が口を揃えて「経験がない」といっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪下ろしは重機も使うが、

メインはこの

「スノーダンプ」とよばれる器具を使った手作業だ。

きのうはボランティアも多かった。

私は友達に頼んで手伝いに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

70代、80代が屋根に上がり、毎日雪下ろしを続けている。

 

かつて日本海の幸を運ぶ「塩の道」にあった大網地区。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年の豪雪でまた、村を離れる人が出るかもしれないという。

 

 

 

 

 

 

 

村の歴史を知る年配の方々が、村を支えている。

豪雪地の雪下ろしから見えた課題はまた改めて書くことにする。

 

村の人によると、

今週、もう一度大雪に見舞われるかもしれないという。

若い力が必要だ。

今しかできないことがある。

小谷村へ行こう。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて