震災から1年。

私は仙台に6年間住んでいたから、亡くなった知り合いもいる。

家を失った人もいる。

それでも多くの人が、今年の正月には

これまで通り年賀状をくれて、大変勇気づけられた。

 

この震災で、私の心に刻み込まれている人たちがいる。

去年5月、岩手県大槌町で役場の事務作業を手伝い、

一緒に仕事をした役場職員の方々だ。

家族や同僚を失い、家も失った職員が、黙々と復旧に向けて働いていた。

もともとの役場は津波でなくなり、

私たちが行ったプレハブ庁舎は1週間前にできたばかりだった。

職員は、その日の風呂もどうしようか悩む状態だったが、

私たちには笑顔で接してくれた。

「公のために尽くすとはこういうことだ」と

背中で見せてくれた人たちだった。

 

きょう、大槌町から遠く離れた地元で

日常の街頭活動をしていて、

黙祷をしながら頭に浮かんだのは

大槌町職員の姿だった。

今朝の朝日新聞によると、

プレハブ庁舎は手狭になり、

近くに骨組みだけ残っていた小学校校舎を使うために

工事が進められているという。

津波で何もかもなくなった沿岸部で、

夜、プレハブ庁舎の明かりだけが遅くまでついている状況は

私がいたときと変わっていないようだ。

 

復興はなかなか進まない。

原発事故の収束は見えない。

きょうという日は、残念だが

復興の序盤の通過点でしかない。

 

震災を忘れてはいけない。

被災地の今を見続けていかなければいけない。

そして私は、

大槌町職員が見せてくれた

「公のために尽くす姿」を決して忘れることなく、

いつか恩返しができるよう行動しなければいけない。

 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて