乗り越える   2012 年 5 月 31 日

「ビヨンドX」というプロジェクトがある。

1人の弁護士が立ち上げたプロジェクトだ。

震災から立ち上がろうとする人、支援する人を応援していく。

名前には「様々なことを乗り越えよう」という意味が込められている。

事業を支える「鴇田くに奨学基金」の話は

特に多くの方に知っていただきたい。

「ビヨンドX」ブログ、下の記事をぜひ見ていただきたい。

→ http://ameblo.jp/tokitakuni/entry-11263558145.html

 

 記事には、最後に私のことが出ている。

「ビヨンドX」を立ち上げた弁護士は早川忠孝さん。

早川さんは衆議院議員をしていたことがある。

私がNHKを退職して、

政党も選挙も決まらなかった2010年3月、相談にのってもらった。

政治家として、進路を決断する心構えみたいな話をしていただいた。

 

それから2か月後の5月12日

みんなの党から参院選出馬を打診された。

2年前のことなので話してしまうが、

2009年末に会社を辞めてから半年間、進路が決まらなかった。

私の話を真剣に聞いてくれた人も、そうでない人もいた。

参院選は頭から消えていた。

でも、みんなの党からは、初めてといってもいい、

真摯な打診をうけた。選挙まで時間もない。

答えはすぐに出さなければ党に申し訳ないと思い、

2日後の14日に出馬の意向を伝えた。

 

しかし、この2日間は大きく心が揺れた。

私自身は、はやる気持ちを抑えられないというか、

前に進もうとしていた。出馬しようとしていた。

早川さんからは最初

「みんなの党には大義がある。自分のためでなく、

人のためになる点で賛成する」とメールをいただいた。

反対も多かった。その1つ1つを頭の中で潰そうとした。

最後に立ちはだかったのは

「いまの自分は、政治家、

公のために働く人間として

ふさわしいのか」ということだった。

「ふさわしい」と自分に言い聞かせれば

それでよかったかもしれない。

でも99.9%ではなく100%納得して前に進みたかった。

自分の弱さを誰かに聞いて欲しかった。

 

次に早川さんからきた返事はつれなかった。

「苦労するのが嫌だったら政治家になる夢は金輪際捨てた方がいい」

つれない言葉で、逆に心が固まった。

国会で仕事をするには、自分を磨き続けなければいけないだろう。

でも、「苦労をいとわない」自信はあった。

 

参院選は負けた。

「勝負を誤った」とか「比例で出れば勝てた」とか、

嫌なこともいろいろ言われた。

しかし、参院選の時も

この2年間も充実した時間を過ごしてきた。

まがりなりにも活動を続けてきた。

 

いま、多くの人が「よく頑張っているね」といってくれる。

しかし私は、いま自分がしていることは

苦労のうちに入らないと思っている。

そう。「苦労をいとわない」

 

この2年間で

自分の中で多くのことが変わった気がする。

「ビヨンドX」=「様々なことを乗り越える」

私は早川さんのおかげで、2年前、1つの壁を乗り越えた。

参院選があったから、いま、

無心で衆院選にむかって走ることができている。

震災の後、早川さんは何度も被災地に行っている。

ボランティアはできないが

見て伝えることが大切だと思って

何度も通われたのだと思う。

そして今年1月、「ビヨンドX」が始動した。

 

先日、初めて「ビヨンドX」の会議に参加してきた。

素晴らしい集まりだった。

なにかをしようとする人、裏方で支えようという人。

ここにいる人たちが力を合わせれば、良いことがどんどんできる。

 

 

 

 

私は、信州をそう離れることができないので

全くお役に立てていないが、

まずは「ビヨンドX」のことを

多くの方に知ってほしいと思い

このブログを書かせていただいた。

 

尊敬する仲間 林宙紀さん   2012 年 5 月 30 日

みんなの党で、ともに衆院選に立候補する仲間を何人か紹介したい。

1人目は仙台市の青葉区・太白区、宮城1区から立候補する林宙紀さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林さんは実は、、大学のゼミの先輩。

歳は同じ。

(私の予備校通いが長かったので(笑))

 

東大スポーツでも数少ない強豪、アメフト部のキャプテンで

私にとっては当時、話かけるのもためらうぐらい憧れの人だった。

そんな林さんが地元・宮城から、しかも私がお世話になった仙台から

立候補するとニュースで知ったときは鳥肌が立った。

私はまだ修行中、未熟な34歳だが、

林さんは私の世代の先頭に立つ人だと思っている。

みんなの党には有望な人材が集まっているぞと感じた瞬間だった。

林さんは、東京でキャスターをしていて、震災をきっかけに出馬を決意した。

党の集まりで話したが『震災がなかったら、ここにはいなかっただろう』と話していた。宮城への想い、復興にかける覚悟を感じた。

 

私はNHK時代、宮城県内の皆さんに、我が子のようにかわいがっていただいた。

宮城の皆さん、林先輩と、私の時と同じように伴走してください!

近況   2012 年 5 月 19 日

ゴールデンウィークがあけてから、天気のいい日が続いています。2月は寒かった街頭もいまは気持ちよく、時々暑く、、元気にやっています。

 いま乗っている車は来月で2年になりますが、先日、走行距離が4万4444キロになりました。カーナビは、街頭演説のポイントで真っ赤になっています(笑)

そういえば、先日、弟が東京から遊びにきました。街頭を手伝ってくれて、兄弟とはつくづくありがたいものです。

5月12日には、小諸の政治家、小山邦太郎氏の33回忌がありました。戦前戦後を生きた大先輩の心を、少しでも未来にいかしたいものです。

チラシ大作戦も順調に進んでいて、新しいチラシや名刺も発注しています。

暑くなってきたので、東御市で見つけたわき水や、父の実家の井戸水の写真を載せました。今年の夏も節電の夏になりそうですが、気持ちだけでも爽やかにいきたいものです。

明日(5月20日)は、地元佐久市臼田の「小満祭」です。多くの人で賑わいます。天気も良さそうですので、お時間がありましたらぜひ足をお運びください!

 

街頭演説で私は、

「未来をいまからつくる」、

「将来をいまから考える政治がしたい」と訴えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国が地方を手取り足取り面倒みてきた代償で、大きなムダを抱えている。

税金の使い方、配分を変えていく。

 

地方のことは、現場がよくわかる地方に。

私たちの暮らしに身近な市町村に

安定した財源を最初からあずけた方がいい。

補助金や交付金ではなく、

安定した財源を地方に分配するのが

将来にふさわしい税の配分だと思う。

みんなの党は、消費税を全て地方財源とすることを

昔から訴えてきた。

いま、同じことを大阪維新の会も言っている。

そして、年金を中心とした社会保障制度も、

今のうちから、制度自体を身の丈にあったものに変えていかないと

将来の社会保障像は描けないと思っている。

 

税金の使い方や社会保障制度を

将来にあった形に変えていくうえで、

緩やかに移行するために増税が必要だとか、

将来を見据えると、どうしても増税が必要だというのなら反対はしない。

 

しかし、

「とにかく増税をしないと将来が危ない」といって

仕組みや制度の見直しを後回しにするようなら、

将来のための増税とはいえないのではないか。

 

「今さえ良ければいい」とか「自分たちさえ良ければいい」という政治が

特に、この数年続いてきた。

政権が不安定で将来を見通すことができないということもあるだろう。

 

でも私は、将来に責任を負うべき世代の一人として

将来を考える、未来をいまからつくる政治を始めたい。

 

以前聞いた

「自分たちはともかく、

子どもや、生まれたばかりの孫が

大きくなった時の日本が心配でならない」という声が

ずっと頭の中でこだましている。

 

連休が明ければ、国会は消費増税法案一色になる。

どういう議論になるか見守りたい。

G・W 街頭ウイーク中!   2012 年 5 月 4 日

4月28日からはじまったG・W。

普段より多めに街頭に立っています。

まだ明日、明後日とありますが、とりあえずご報告させていただきます。

 暑い日も、雨の日もありますが、

皆様にご声援をいただき、元気にやっています。

車は、走行距離が44444キロになりました。

新緑も深まり始め

爽やかな陽気の中

日々精進してまいります!

 

 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて