なんのためにやっているのか   2012 年 9 月 21 日

 

 

 

 

 

 

 

 

頭をガーンと揺らされたのは、予定していた90分の議論が終わろうとしていた時だった。参加者の1人が「最後に聞きたい」といって発言した。

「心の灯を絶やすなといえば聞こえはいいけど、要は自分たちのやりたいことをやっていないということでしょ。じゃあなんのためにやっているの?税金で給料をもらう資格がないのではないかと僕は思う。 自分の気持ちを抑えて人を欺いて仕事をしている。全員がそういう姿勢で、 当選目的で当選してそのままじゃ、なにも変わらない。国会議員の検証ってなにもなされない。アチーブメントの検証がなされない。いまやっていることをちゃんとやらないといけないという危機感がない」

 

この日(9月10日)私は、「軽井沢ベース」というインターネット番組に出演した。地域の様々なことを発信している番組で、地元から国政に挑戦する私と、関心のある人で座談会を開いてみたらどうかと誘われた。「心の灯を絶やすな」とは、尊敬する政治家の「政治の世界で生きていくためには様々な妥協を強いられるが、心のろうそくの灯を絶やすな」というメッセージの一部だ。議論の半ばで私が紹介した。他にもこんな意見が出た。

「これからの政治家は妥協したらいけないのではないか」「正しいと思ったことを正しいと言っていく。たとえ凄まじい批判にさらされても、それは期待の裏返しだから恐れることはない」「自分の言いたいこと、やりたいこと、信じたところを、仮に殺されても、2期目の選挙で落ちてもいいから貫くんだというなら、議員歳費は高いとは思わない」

 

私は人と人とのつながりや、人の意見をきくことを大切にしたいと思っているが、それが迎合や妥協になってはいけないことも分かっている。ましてや「心の灯を絶やすな」と言った政治家は、決して安易な妥協をする人ではない。
しかし、これまで政治は妥協と迎合を積み重ねて様々な問題を先送りし、問題を大きくしてきた。そうした現実の壁を突き破ることができる、揺るがない決意で挑む政治家が求められていることを改めて感じた。
政治活動を始めてそろそろ3年になる。自分では分かっていると思い、そう言ってみても、生半可な覚悟なら期待されることはない。冒頭に紹介した発言に私は、「政治家になる前からそんなことを言っているようではダメだよ」と言われた思いがした。覚悟を問われた座談会だった。

 

私は社会に出る時から「公のためになりたい」と思ってきた。学生時代10年間野球を続けたが、お世辞にも上手いと言えるレベルではなかった。それでも多くの人に支えられて、いや、支えだけでまっとうすることができた。「社会に出たら今度は自分が人のためになるんだ」という思いが芽生えたのはそうした経験からだ。

社会に出るにあたり、取材という公共性の高い仕事を選び、その中でNHKという会社を選んだのも、公共放送という会社の使命に憧れたからだ。NHKという組織を飛び出していまは政治の舞台に、「国のために働きたい」と活動を続けている。「公のために」を全うするために歩んでいる道の途中である。自ら考え行動するということは、その方向性を自分で決めるということにほかならず、私のベースは「公のために」である。

 

座談会には、軽井沢の人だけでなく、長野市、上田市、小諸市、佐久市から、全部で10数人の人が参加してくれた。番組を見てくださった方は150人を超えたときいた。貴重な機会をいただき、番組に関わった全ての方に御礼を申し上げたい。

 

信州プロレス グレート無茶   2012 年 9 月 4 日

 

 

 

 

 

 

 

 

幼い時に、心ない大人から「プロレスは八百長」、「お祭りの屋台のたこ焼き屋さんはみんなヤクザ」と言われたことがトラウマになって(笑)、プロレスに足を運ぶことのなかった私だが、2日、信州プロレスを観に行ってきた。写真のマスクマン「グレート無茶」は信州プロレスを立ち上げた人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「長野県を元気にしたい」一心で、

「台本重視」「安全第一」「雨天検討」などの

破天荒なキャッチフレーズで興行を続けている。

入場料は、取らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもとも戦う。時には障害者施設にいって、

体の動かない人たちとも戦うという。

 

 

 

 

 

 

 

 

  この日メインの対戦相手は大仁田厚。

50代半ばになってもその迫力は健在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大仁田に、いいようにされるグレート無茶。

それまでホノボノしていた会場が凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 見せ場を作れず、一方的に敗れたグレート無茶。

台本重視といっておきながら、厳しい現実を見せつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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グレート無茶さんに会ったのは、初めてではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

先月、上田市で開かれた勉強会で話を聞く機会に恵まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「長野県を元気にしたい」

 

「買ったばかりのノートパソコンに

『信州プロレスを旗揚げする』と書き込むことから始めた」

 

「考えているだけでなく、一人でいいから動くことが大事」

 

「回りを巻き込もうなんて考えるな。

自分が磁石になって、人を惹きつけるんだ」

 

そして、

「常識を突き破る」

 

自分のやりたいことを、ゼロから始めて

ここまできた無茶さんの言葉は説得力があった。

 

試合の後、大仁田厚が言った。

「無茶、信州プロレスの灯を絶やすなよ!」

私も微力ながら、応援したい。

 

ようせい   2012 年 9 月 2 日

きょう、街頭演説の片付けをしていたら、若いお母さんが私のところへ。

お母さん「うちの子どもも『ようせい』という名前なんですが、ちょっと学校で名前のことをいろいろ言われて、『学校にいきたくない』と言うもんで。ようせいさんが演説しているのを以前みて、『あの人もようせいっていう名前だ』って言って、ちょっと会って欲しくて」


私「そうなんですか。私も小学生の時はいろいろ言われましたよ」

お母さん「そうなんですか!ほら、ようせい!ちょっときなさい」

私(ここにもいますけど笑)

私「私も子どものころは、ようせいだとか土星だとか火星だとか、妖精だとかいろいろ言われました。でもそれも小学校の時だけで、だんだん言われなくなるし、その時は嫌でしたけど、大人になって、特に社会に出て自分の名刺を持つようになると、逆に名前が珍しくて人に覚えていただけたり、いいことばかりですよ」

お母さん「ほら、ようせい、ようせいさんもそうだったって。大丈夫だよって」

ようせい君(『もう大丈夫だよ、恥ずかしいからいいよ』みたいな顔をする)

お母さん「前に演説を見た時はUターンしてきたんですけどその時はもうお帰りになっていて」

私「そうでしたか。ようせい君、大丈夫!いい名前だよ」


この後、ようせい君と笑顔でバイバイして車の中に。

私(スタッフに)「オレ、きょうちょっと人の役にたったかも」

スタッフ「両親に感謝した方がいいですよ」

私「たしかに(笑)」
漢字は全然違うのだが、同じ名前の子どもに会えて私の方が嬉しかった。
活動をしていると、たまには、こういういいこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて