気持ちはもう前へ前へと向いているが、選挙戦のことをよく聞かれるので、私の思うところを書きたい。

長野3区は5人が立候補して、最終的には3人の大接戦になった。投票率がいままでより低かったことを考えると、私をふくめた3人の当選者は、誰か1人が有権者の心を惹きつけた、決め手を持っていたとはいえないと思う。「どうしようかな」という迷いや、「これだ!という人はいないけれど」と考えながら投票した有権者も多かったと思う。特に、若くて実績もない私には、期待を込めて、将来性を買って票を投じていただいたのではないか。接戦を総括すると、「勝つことはできなかったが、負けなかった」というのが率直な気持ちだ。接戦の決着は、今後の議員活動、任期中の活動できっちりとつけさせていただきたい。「井出ようせいをおしてよかった」と思っていただけるように頑張るだけだ。

「維新の井出さんが出馬しなかったら、ようせいさんが一番だったね」ともよく言われる。確かに維新の井出泰介さんは、私の予想を超える得票をされた。しかし、選挙戦中、佐久市野沢の個人演説会で話したことだが、同じ苗字の泰介さんが立候補したことは、私にとって1つの試練だと思ってきた。祖父や叔父が国会議員で、時にマスコミから「井出ブランド」などといわれてきたが、「『井出』の苗字に頼っているようじゃだめだぞ」と、神様が与えてくれた試練だと受け止めて選挙を戦ってきた。非常に厳しい結果となったが、それでも国政の舞台に立たせていただいたということは、少しは成長したかなと思っている。

井出泰介さんのほか、共産党の岩谷昇介さんともフェアな戦いができたことに感謝したい。岩谷さんも早くから街頭で積極的に活動をされていて、刺激をいただくことが多かった。この場をかりてお二人に感謝したい。

当選した寺島義幸さん、木内均さんとは、当選後、すでに何度も顔を合わせている。今後もそういう機会は多いだろう。政党や政策は異なるが、ともに国のため、地域のために切瑳琢磨していきたい。人生経験や政治活動歴ではお二人に及ばないが、私にしかできない、私だからできることがあるので、国会でも堂々と論戦を張っていきたい。

 選挙戦を振り返るのはこれで最後にしたい。気持ちは前へ前へ向いている。国会で所属する委員会も決まった。文部科学委員会と政治倫理・公選法特別委員会だ。文部科学委は、党が私の第一希望を通してくれた。政治倫理・公選法特別委は選挙制度や定数削減に関わる重要委員会だ。2つの大事な委員会を任せていただいた。「一年生議員」という言葉は、私の頭の中にはない。

議員会館も衆議院第二議員会館721号室に、地元も佐久市岩村田に新しい事務所を年明けに構える予定だ。秘書も経験豊富な方を含めて4人にお願いすることで話を進めている。

初登院は12月26日。いよいよスタートだ。

 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて