鈍い国会 理解し難い   2013 年 8 月 31 日

今朝の朝日新聞朝刊一面と三面に、

「国会、汚染水審議先送り。九月中旬以降。五輪招致影響も懸念」という記事が出ていた。

記事には、一面、

「九月七日の国際オリンピック委員会総会前に(汚染水の)審議が紛糾すれば五輪招致に影響しかねないとの判断も働いた」とか、

「安倍政権はIOC総会前に、予備費投入を含めた具体策を発表し、五輪招致への影響を最小限に抑えたい考えだ」

また、

「先送りは政権の方針を国会が追認した形だが、汚染水事故よりも五輪招致を優先したとの批判を招く可能性がある」とも書かれている。


三面の見出しは「汚染水 鈍い国会。チェック機能果たさず」

記事には、

「審議を通じて事故の深刻さや政府の対応の遅れがさらに強調されて世界に伝わり、東京招致に悪影響を及ぼしかねない。こんな懸念が政権内に広がった」

誰がどう言ったという直接的な表現はないが、オリンピック招致前に審議を避けたいと具体的に発言した人物がいるからこそ、こうした記事が出てきたのだろうし、発言者が分かっているなら、朝日新聞に、今後の記事で明らかにしていただきたい。

記事には、福島の人の怒りのコメントも多数出ている。

「怒りを取り越してあきれけえっちまう」

「状況がもっと悪化すれば海外の印象も悪くなり五輪招致にも逆効果になる」

「汚染水問題は五輪招致よりはるかに国際的な問題なのに、政治家はそんなことも理解できないのか」

みんなの党は、審議を所管する委員会の理事がいない。

理由は、数が少ないから。

このため審議先送りの決定に関わることができなかったが、

渡辺よしみ代表は会見で

「(汚染水事故の国際原子力事象評価尺度の暫定評価)レベル3は国際的にも極めて重い。自民党がなぜ及び腰になるのか非常に疑問だ。理解し難い」と批判したという。私もそう思う。

 1945年8月23日は、スターリンが、シベリア抑留をおこなうよう命令を発した日とされている。毎年、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑では、シベリア抑留で亡くなった人の追悼式が行われている。

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この夏、戦没者の慰霊や追悼式にいくつか参加したが、シベリア抑留に関わる行事がないのか気になったので調べて、参加した。まだ11回の開催と、追悼式の歴史は浅く、参加者も少ない。国会議員も、私を含めて10人ぐらいしかいなかった。党内からは私1人の参加だったので、党を代表して追悼の言葉を申し上げる機会をいただいた。

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 マイナス30度の極寒の地で、わずかなパンと、1枚のキャベツが浮かんだだけのスープで、厳しい強制労働をさせられたという話はあまりに有名だ。60万人が抑留され、6万人が亡くなったと言われているが、全容はいまだ明らかではない。千鳥ヶ淵におさめられた遺骨も1万数千柱にとどまっている。

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抑留者の代表の挨拶もあった。抑留者の平均年齢は90歳に。遺族の高齢化も進んでいる。
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 参加者からは「是非、国主催で追悼式を来年からやってほしい」という声が上がっていた。靖国も大事だが、シベリア抑留にも、もっと多くの人が目を向けて、これからの平和のために、伝え続けていかなければいけないと強く思う。

この日は、モンゴルと、ロシアの留学生が追悼式に参加していて、主催者とても喜んでいた。シベリア抑留を伝え続けてきたみなさんに感謝し、私もできることをやっていきたい。

交番に   2013 年 8 月 20 日

きのう、小海町の交番に行ってきた。

先月末の祇園祭の時に、

「交番の駐車場が狭くて、停めるところがない」と

言っていた人がいたからだ。

 

普段は通り過ぎるだけの国道交差点に交番はあるが

よーくみると、たしかに2台分ぐらいのスペースしかない。

しかも、坂になっていて冬は凍るという。

 

交番前の歩道の方が、たいらで広々している。

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歩道に停めて用事を済ませてしまう人もいるらしい。

 

小海町交番は築30数年になるという。

祇園祭のあと、県警本部に電話をして聞いてみたのだが、

小海町交番よりも古い警察署、交番、駐在所がまだあるので、

すぐに小海町交番の改修に

予算を振り分けることは難しいという。

 

小海町交番は、警察署や交番の再編・統廃合によって、

いまでは南佐久の拠点交番となっている。

山岳救助の際は出動拠点になるという。

そういうときは、警察官も、

交番から少し離れた駐車スペースを借りるという。

警察官も、駐車場を直してもらいたいし、

建物も直せるなら直してほしいが、

我慢我慢とのことだった。

 

警察官に限らないが、

公務員は、官舎の老朽化が、

「著しい」という表現におさまらないような老朽建築もあるなど

苦労と我慢をしている。

公務員の全てが、

高待遇というわけでは決してない。

 

住民の願いも分かるが、警察官の苦労も分かる。

そんな交番訪問だった。

しばらくは、高齢者優先とか、

融通をきかせて使うほかなさそうだが、

県警も問題意識を共有してくれたことは

よかったと思う。

今朝の読売新聞に、今月、内閣法制局長官に就任した小松一郎氏のインタビューが出ていた。1面に概要、4面に詳報があるが、1面の見出しは「集団的自衛権解釈見直し作業『法制局も積極参加』小松長官意欲」とある。

 

 

さらに読売新聞はインタビューのポイントとして、1面で3つあげている。

 

 

①集団的自衛権の憲法解釈見直しの検討作業に積極的に参加していく。

 

②安全保障の法的基盤が今までの通りでいいのかという首相の問題意識に応える仕事をしたい。

 

③自衛隊の国際活動における武器使用も真剣に熟議する必要がある。

 

 

しかし、4面の詳細を読むと、

 

 

①の「積極参加」については、「現時点での内閣の憲法解釈は今まで通りということだが、まさに安全保障の法的基盤のあり方を検討する中で、内閣として十分熟議して、最終的に内閣として決める。内閣法制局は『法律問題に関し、内閣、内閣総理大臣、各省大臣に対し、意見を述べること』が重要な仕事だ。懇談会の議論を踏まえた検討の中で、内閣法制局としても積極的に参加していく」とある。

 

 

内閣や総理大臣などへの意見具申という、法制局の仕事を、積極的に果たして行くということだと私は受け止めた。

 

 

②については詳報をみると、「日本の平和をしっかり守らないといけない。また、積極的な平和主義、より積極的な貢献を行うべきということの2つが安倍内閣の大きな問題意識だ。自衛隊の役割を中心とした安全保障の法的基盤のあり方が今まで通りでいいのか、内閣として検討する必要があるというのが、安倍首相の強い問題意識だ。これについて内閣全体として熟議し、決定すべきは決定すべきだという問題意識だ。私の外務省での経験をいかして、その問題意識に応えるような仕事をしたい」となっている。

 

 

③については、ポイントにそった表現が詳報に見当たらない。詳報には「安全保障の法的基盤の問題は、なにも集団的自衛権の問題だけではない。アフリカのマリでイスラム過激集団が住民を弾圧したことを受け、フランスは軍隊を派遣してテロリストの掃討作戦をやった。国際法上は合法な活動だ。しかし、憲法との関係でどう評価するかという議論は結論にはいたっていない。安全保障の法的基盤について真剣に議論をするという場合には、こういう問題も含めて真剣に熟議する。自衛隊による邦人の救出や輸送時に現地で武器使用するケースも理論的には関連してくる問題だ」とある。

 

 

「理論的には関連してくる問題だ」を「真剣に熟議する必要がある」としているのは、間違いではないがニュアンスが異なるのではないか。

 

 

読売新聞は「法の番人」とも言われる内閣法制局のトップが、集団的自衛権の解釈変更に積極的なイメージを出したいようだが、4面に白地で見出しとなっている「解釈変更に慎重 当然」というのが、まさに法制局長官の立場ではないか。

 

 

内閣法制局は、法律について首相などに意見を述べる「意見事務」と、法案や条約案を審査する「審査事務」が大きな仕事だが、とくに審査事務については、過去の法律との整合性など、ノウハウと蓄積を持っているのは法制局以外ないともいわれている。意見事務については、法制局は内閣の一組織であり、内閣の方針にそうように意見具申もするが、そこにも慎重さが求められる。

 

 

小松長官はインタビューで、「法治国家として法的安定性や法的整合性は非常に重要なことだ。それも1つの重要な要素として勘案して、関係する諸要素を総合的に勘案して、どういう結論を出すべきかという問題だ」と述べているが、安倍総理の集団的自衛権容認に積極的な姿勢を理解するだけでなく、内閣法制局長官という役割も十分に理解していることが、インタビューの詳報から伝わってくる。

 

 

以前、内閣法制局長官を2004年から06年まで務めた阪田雅裕氏の話を聞く機会があった。阪田氏は「法制局長官が変われば法律解釈が変わるのかというと、これまでの法解釈は法制局ではなく歴代内閣の決定であり、法律の歴史的な積み重ねや、各省庁の関わりも大きい。内閣法制局のトップが変わる影響が大きいかといえばそうとは言えない」と話していたし、私もそう思う。

 

 

今後の国会の議論になる話なので、長文になったが私自身の備忘録として書き留めることにした。

終戦の日にあたって   2013 年 8 月 17 日

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8月15日、日本武道館でひらかれた、戦没者追悼式典に参加してきた。国会議員になる前はこうした機会はなかったので、初めての参加となった。

 

 

安倍総理の式辞に、「アジア諸国への反省がなかった」とか、「不戦の誓い」がなかったとして、大きなニュースになったが、式典会場で安倍総理の式辞をきいているときは、そのことに気がつかなかった。

 

 

気になったことはといえば、安倍総理の慰霊が、戦地で戦って亡くなられた人たちに特化され、非戦闘員、または民間人への言及が薄かったように感じたことである。

 

 

当時の日本にとって、戦争は「総力戦」だった。その中で、沖縄での戦闘や、東京大空襲、広島、長崎の原爆があったわけだから、亡くなられた人を、もっと広範囲に言及していただきたかった。もちろん亡くなった全ての方への思いは、安倍総理もお持ちであることは言うまでもないし、強い思いをお持ちだと思っている。

 

 

アジアへの反省、不戦の誓い、また私が感じた、亡くなった全ての方への慰霊が薄いということも、安倍総理の式辞を見返せば、読み取れる部分はあったし、天皇陛下のお言葉や衆参両院議長、最高裁判所長官の追悼の言葉など、式典全体を通せば十分な内容だったと思う。

 

 

話が横にそれるが、総理をはじめ、各都道府県のご遺族代表が、参加者を代表して献花をしたが、経団連や連合、新聞協会など、いくつかの団体の代表も、献花をメンバーに入っていた。総理と三権の長と、ご遺族だけでもいいような気がしたが、そこは長い歴史があるのだろう。機会のある時に調べてみたい。

 

 

さて、飯田橋駅から歩いて日本武道館に向かう途中、靖国神社の前を通った。私は、将来的には、靖国神社を自由に参拝できるようなればいいと思っているし、自分も参拝したいと思う。しかしながら、外交上の摩擦や、靖国神社の歴史のはじめの方をみれば、国際的に理解が得られないこともわかる。

 

 

しかし、戦没者を慰霊することは当然だと思うし、他の国だって同じだ。また、国内の靖国神社の捉え方も変わってきているし、参拝したい人の思いも様々だ。時間はかかるかもしれないが、自由に、そして静かに靖国神社に参拝ができるようになるよう、考えていきたい。

 

 

最後に、8月15日は、県内では松本市の護国神社でも追悼式典があり、いずれも招待状をいただいたが、どちらも初めてのことなので、今年は武道館に行くことにした。来年以降も、どちらかに必ず参加していきたい。
井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて