1945年8月23日は、スターリンが、シベリア抑留をおこなうよう命令を発した日とされている。毎年、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑では、シベリア抑留で亡くなった人の追悼式が行われている。

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この夏、戦没者の慰霊や追悼式にいくつか参加したが、シベリア抑留に関わる行事がないのか気になったので調べて、参加した。まだ11回の開催と、追悼式の歴史は浅く、参加者も少ない。国会議員も、私を含めて10人ぐらいしかいなかった。党内からは私1人の参加だったので、党を代表して追悼の言葉を申し上げる機会をいただいた。

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 マイナス30度の極寒の地で、わずかなパンと、1枚のキャベツが浮かんだだけのスープで、厳しい強制労働をさせられたという話はあまりに有名だ。60万人が抑留され、6万人が亡くなったと言われているが、全容はいまだ明らかではない。千鳥ヶ淵におさめられた遺骨も1万数千柱にとどまっている。

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抑留者の代表の挨拶もあった。抑留者の平均年齢は90歳に。遺族の高齢化も進んでいる。
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 参加者からは「是非、国主催で追悼式を来年からやってほしい」という声が上がっていた。靖国も大事だが、シベリア抑留にも、もっと多くの人が目を向けて、これからの平和のために、伝え続けていかなければいけないと強く思う。

この日は、モンゴルと、ロシアの留学生が追悼式に参加していて、主催者とても喜んでいた。シベリア抑留を伝え続けてきたみなさんに感謝し、私もできることをやっていきたい。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて