NHK・籾井勝人会長の発言。

報道に出ていた籾井会長の記者会見の全文を読んだが、会長には、ニュースや番組を制作する記者やディレクター、編集マンやカメラマンなど「現場の人間」が萎縮することがないようにと、強くお願いしたい。NHKに限らず報道を信じたいと願うからこそ書かせていただく。

 

 

籾井会長は、NHKが公共放送なのか、国営放送なのか、よく分かっていないのではないか。「放送法を守る」と繰り返していたが、放送法のどこを守るのかという具体的な発言はなかった。会長は「海外向けの国際放送では政府見解をきちんと伝えていきたい」という趣旨のことを言っていて、そこは理解するが、国際放送についてNHKはホームページで以下のように書いている。

【日本放送協会は、放送法の定めるところにより、わが国を代表する国際放送機関としての自覚のもとに、外国人向けおよび邦人向け国際放送および協会国際衛星放送を通じて、諸外国のわが国に対する理解を深め、国際間の文化および経済交流の発展に資し、ひいては国際親善と人類の福祉に貢献するとともに、邦人に適切な報道および娯楽を提供する】

おそらく、「わが国を代表する国際放送機関としての自覚のもとに」とか、「諸外国のわが国に対する理解を深め」という辺りに力を入れたいのだろう。気持は理解する。

 

 

しかし、国際放送以前に、ホームページには「放送法と公共放送」という項で以下のように書かれている。

【NHKは、全国にあまねく放送を普及させ、豊かで良い番組による放送を行うことなどを目的として、放送法の規定により設立された法人です。いわゆる特殊法人とされていますが、NHKの行っている「公共放送」という仕事は、政府の仕事を代行しているわけではありません。「国営放送」でも、「半官半民」でもありません。放送法は、NHKがその使命を他者、特に政府からの干渉を受けることなく自主的に達成できるよう、基本事項を定めています

私は、会長の慰安婦についての発言の内容をここで問題にしているのではない。また、特定秘密保護法案について、「まあ通っちゃったんで、言ってもしょうがないのではと思いますけど」とか、「あまりかっかすることはないと僕は思いますし」などと発言したことも、到底承服できないが敢えて問わない。申し上げたいことは、こうした会長個人の考えを、記者の質問に乗せられたと言うかもしれないが、会長個人の考えを軽々に公にして、現場を萎縮させないでほしいということだ。会長は会見冒頭、「職員に自分を『さん』づけで呼ぶようにお願いして、良いコミュニケーションのスタートになった」と言っているが、そんな気遣いなど軽く吹き飛ぶぐらい、発言はNHK内でも大きな衝撃を与えている。



私は、以下の記者との質疑が非常に気になっている。

記者「現場の制作報道で会長の意見と食い違う意見が出た場合、どう対応するのか」
籾井会長「最終的には会長が決めるわけですから。その了解なしに、現場で勝手に編集してそれが問題にであるということになった場合については、責任を取ります。そういう問題については、私の了解をとってもらわないと困る

慰安婦については様々な意見があり、それをどのように報道するのかは元々非常に難しいテーマだが、会長発言によってさらに難しくなるだろう。秘密保護法も様々な意見があるが、会長発言は、特定秘密保護法に関連する取材をしている記者の頭から離れないだろう。報道機関のトップは「責任は私がとるから、自由にやりなさい」と現場に言える人が良い。現場が、トップの顔色をうかがっておとなしくなってしまったり、また、トップが喜びそうなことを言おうなどと下が考えるようになると、言論で勝負する報道機関にとっては致命的だ。



報道は基本的に自由であるべきだ。その自由の中で「公共性」という非常に難しくて大きな責任に、NHKの先人や現場の人たちは時に批判も浴びながら日々向き合ってきたのではないか。間違っても、NHKが、よくニュースなどで報じている近くの国の国営放送のような道を、NHK自らが辿ることのないようにしていただきたい。



会長は後日、全職員に文書で「視聴者の皆さんに誤解を招いてしまったことは申し訳ない。個人的な見解を放送に反映させることはありません」などと釈明したと報道されているが、誤解しているのは会長ではないか。果たして誤解ですむかどうか、公共放送という言葉にいま一度向き合っていただきたい。
井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて