みんなの党・渡辺代表の8億円の話が連日報道されるようになってから、地元でこのことをよく聴かれる。


渡辺代表がご自身個人で使ったとおっしゃっているので、そうであれば、渡辺代表もおっしゃっているように説明を尽くす責任がある


借金は2010年参院選前と2012年衆院選前にしていたとのことで、2つの選挙は私が立候補した選挙だ。私は、党から受けとった金は、選挙だろうと普段の政治活動だろうと、すべて選挙や政治活動の収支報告書に記載してきている。党が私に活動費を交付したことは党の収支報告にも記載されているし、そのための領収書も私は党に出している。この点は、いまみんなの党を離れて結いの党にいるメンバーも、いまもみんなの党にいる人たちも同じだと思う。だから、収支報告書に記載されていない金があるというなら説明をして欲しいという気持も同じだろう。


去年夏、当時の江田憲司幹事長が渡辺代表から更迭された際に、党改革の大きな柱として財政の透明化を求めた。私も、党の財政運営を代表1人がやっていることは疑問だったし、役割分担をして、代表は代表の仕事に専念していただきたいと考えていた。渡辺代表が金策に苦労されていることはみんなわかっていたし、渡辺代表一人にすべてをやらせてはいけないという声も議論の中で出た。当時の議論の結果、渡辺代表は財政担当の新しい役員を設けた。しかし渡辺代表から、収支報告に記載していない借金があるという説明はその時もなかった。


みんなの党は長年、渡辺代表と江田憲司幹事長の仲が悪いと痴話げんかのようにずっと言われてきたが、「党財政の透明化と役割分担。特に金はクリーンにしなければいけない」と江田さんが繰り返し発言してきたことは、改めてここで申し上げておきたい。渡辺代表が党のために尽力してきたことは誰もが認めるところだが、江田さんだって、みんなの党のためを思ってあのとき発言したのだ。

29日(土)15時上田駅前街頭演説「若手市議候補の望むこと」。 以降軽井沢など。

 

30日(日)終日地元。夕方佐久で街頭演説。夜上田。

 

31日(月)終日地元。上田市、佐久市など。

 

4月1日(火)終日東京。本会議など。

 

2日(水)終日東京。午後、文部科学委員会で質問予定(著作権法改正について)

 

3日(木)終日東京。

 

4日(金)終日東京。午前文部科学委員会で質問予定(著作権法改正について)

 

※予定は予告なく変わることがあります。変わった時は分かり次第更新しますのでご了承ください。

 

22日(土)終日地元。臼田、上田など。

23日(日)終日地元。上田等。

24日(月)日中地元。夕方から東京。

25日(火)終日東京。

26日(水)終日東京。午前中、文部科学委員会で質問予定。

27日(木)終日東京。

28日(金)終日東京。

※予定は予告なく変わることがあります。変わった時は分かり次第更新しますのでご了承ください。

 

国会議員になって1年3ヶ月になりますが、「国会議員はずっと東京にいる」と思っている方が多いようです。国会がある期間でも、土日祝日は地元にいることが多いです。そこで毎週金曜日に翌週の予定を、「何曜日は地元と東京とどっちにいるか」明らかにしていきたいと思います。そうすれば多くの人とアポがもっととりやすくなるのではないかと思い、ともかくやってみます。スケジュールが立て込んで対応できかねる日もありますが、多くの人と対話したいと思っていますので、なにとぞよろしくお願いいたします。【週間予定】は今後、秘書が更新します。

藤巻幸夫さん   2014 年 3 月 17 日

同僚の参議院議員、藤巻幸夫さんが亡くなった。

藤巻さんは2010年の参議院議員選挙に立候補し、私も同じ選挙に立候補したが共に落選。選挙前、立候補表明を新聞報道されたのが同じ日だったことを覚えている。2012年に藤巻さんの繰り上げ当選が決まり、その年の12月私が衆議院議員になったので、同じ臨時国会がデビューとなった。

 党内の政策勉強会がある時に、藤巻さんと私はよく隣に座った。官僚独特の分かりにくい説明や言葉遣いにお互い首を傾げたりすることも多かったが、とにかく好奇心が旺盛で、分からないことは私のような若いものにもどんどん聞いてくる人だった。納得のいかないことや筋の通らないことには徹底してこだわる人だった。

ビジネスの世界であれだけ活躍していながら、それをひけらかすようなことは決してしなかった。自分の実績に満足することなく、新しいことに挑戦したり、とにかく前向きな人だった。

結いの党をつくった時も藤巻さんの存在は非常に大きかった。藤巻さんがいなければ結いの党もいまの私もなかった。腹のすわった人だった。先のことに不安など全く感じさせず、計算高いなどとという言葉とも一切無縁。筋を通すことを大切にする想いから行動を共にしてくださった。

離党届を全員で提出する直前、12月9日に集まった時にも藤巻さんと私は隣の席にいたが、藤巻さんの離党届が誰よりも達筆だったことが印象に残っている。

今年に入ってから入院していると聞きいていた。結党の大きな支えになっていただいただけに、結党大会をはじめ、党の本格的な活動に一日も早く戻ってきていただきたいと願ってきたが、かなわなかった。

いつも隣で「井出ちゃん井出ちゃん」と可愛がってくださった藤巻さんが亡くなったことがまだ信じられない。

多くの人を愛する人だったのだろう。それと同じぐらい多くの人から愛される人だった。インターネット上には藤巻さんを偲ぶ書き込みが数えきれないほど並んでいる。

感謝は尽きない。心よりご冥福をお祈りしたい。

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去年1月、内閣に「教育再生実行会議」が設置された。この会議、実に多くの提言を出している。

 去年2月には、いじめについて提言を行い、その提言をふまえて国会は、私も含めて議員立法でいじめ対策法案を作った。

 去年4月には教育委員会制度改革に対する提言を出し、これは今の国会でまもなく議論が始まろうとしている。

 さらに、去年5月に大学教育について、去年10月には大学入試改革について提言を行い、「センター試験よりも人物重視か」などと報道されたことは記憶に新しい。

 

教育再生実行会議はこのように、大きなテーマについてどんどん提言をしている。また、教育再生実行会議の話ではないが、今年1月には教科書の検定基準が変わっている。そういう中で去年今年と、国会の文部科学委員会に所属していることは、相当な節目に立ち合っていると言えるかもしれない。教育はいま大きく動いている。改革もスピード感も否定はしないが、慎重な議論をしなければならないこともまた言うまでもないことである。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて