集団的自衛権容認の是非についての議論の中で、砂川事件の最高裁判決(昭和34年12月)が出てきているが、「憲法判例百選Ⅱ 第6版 株式会社有斐閣」によると

 砂川事件とは、米軍立川飛行場の拡張計画に反対して場内に立ち入った運動員が旧安保条約に基づく法律に触れるとして起訴された事件であり、アメリカ軍の駐留と旧安保条約が憲法9条に適合しているかどうかが実質的に争われた裁判である。報道でも指摘されているが、この判決は集団的自衛権について直接判断を示したり、論じたものではない。

 

最高裁判決はA4で52ページで「主文とその理由」は5ページ余り。大部分は各裁判官の補足意見から成っているが、判決は「全員一致の意見」と明記されている。主文とその理由の構成は

①9条解釈

②司法審査権の範囲

③①、②が砂川事件に当てはまるか否か

からなっている。

 最近の集団的自衛権議論では、①の9条解釈の部分がクローズアップされているが、判決のメインは②と③であり、また、55年前に出された判決(昭和34年12月)以降の、自衛権や集団的自衛権を巡る政府見解の変遷が重要であることを考えれば、砂川事件の最高裁判決は9条解釈議論の材料にはなるが、集団的自衛権の議論においては、議論を左右するような決定的な材料とまでは言えないという感想を抱いている。

 

砂川判決の9条解釈部分で、集団的自衛権議論にも関わりがありそうなところを以下に引くと

・「そもそも憲法9条は、、、わが憲法の特色である平和主義を具現化した規定である」

・ 「9条はいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれにより我が国が主権国として持つ固有の自衛権はなんら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである

 ・「憲法前文にも明らかなように、われら日本国民は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとつとめている国際社会において名誉ある地位を占めることを願い、全世界の国民と共にひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認するのである。しからば、わが国は、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない

 ・「すなわちわれら日本国民は、憲法9条2項により、いわゆる戦力は保持しないけれども、これによって生ずる我が国の防衛力の不足は、これを憲法前文にいわゆる平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによって補い、もってわれらの安全と生存を保持しようと決意したのである

 ・「そしてそれは必ずしも国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定されたものではなく、我が国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式または手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができるのはもとよりであって、憲法9条はわが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることをなんら禁ずるものではない

ここまでの引用をみると、集団的自衛権を認めるための議論に大いに参考になるように思うが、この判決は米軍駐留の是非について9条を解釈したものであり、集団的自衛権を日本が行使できるかどうかの観点で9条を論じたものではないから、慎重な引用、解釈が求められる。

 

また、この判決では

9条2項が保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである」とも言及している。

自衛権を肯定しておきながら一方で「自国の戦力を保持禁止」と明言していることは、現実実態の安全保障と乖離していると感じざるを得ない。自衛権や集団的自衛権をめぐる政府見解は戦後たびたび変化してきているので、当時の状況下での言及であることも、十分考慮する必要がある。

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難病 アイザックス症候群   2014 年 4 月 25 日

「アイザックス症候群」という原因不明の病気がある。筋肉が硬直したりけいれんといった症状が出るというが、1960年代ごろから病気として認識されはじめたばかりで、患者がどれだけいるかも分からないし、確固たる治療法もない。

 

昨夜この病気のことを知り、きょう厚生労働省に教えてもらったところによると、昨年から国費を投じた研究が初めて始まって、その研究結果をまって難病指定するかどうか決まるという。研究すらほとんどされてこなかった病気だけに、難病指定はすんなりとはいかないかもしれない。

 

たまたまというか、今国会に「難病の患者に対する医療費などに関する法律案」という法案が出ていて、衆議院は全会一致で通過し、連休明けから参議院で審議が始まる見込みだ。

 

いままで難病にかかる財政支援は年間1400億円を国と都道府県で折半してきたが、難病の数と患者の増加に国の財政が追いつかず、法整備が必要になったという。また難病指定の仕方も、法整備を機に仕組みをつくるという。

 

アイザックス症候群は患者数など実態は未解明な部分も多いが、難病の指定にむけた患者などの団体の動きもあるという。アイザックス症候群のことを教えてくれた人とその人が知っている患者さんに私がすぐにしてあげられることは、こうした流れを伝えることぐらいしかないが、今後私にできることをやっていきたいと思う。

https://sites.google.com/site/isaacssyndrome/home


26日(土)  終日東京。幕張メッセにて「ニコニコ超会議 結いの党ブース」出展。http://yuinotoh.jp/news/20140424_4.php

 

27日(日)  終日地元。

 

28日(月)  終日地元。

 

29日(火)  終日地元。

 

30日(水)  日中地元。夜東京。

 

5月1日(木)  終日地元。 

 

2日(金)  終日地元。

 

※予定は予告なく変わることがあります。変わった時は分かり次第更新しますのでご了承ください。


19日(土)  終日地元。午前、松本駐屯地。夜、上田まちづくり交流会。

 

20日(日)  午前9時NHK日曜討論出演。午後東御市発足10周年記念式典。街頭演説(上田市内)。

 

21日(月)  朝、街頭演説(場所未定)。終日地元。

 

22日(火)  終日東京。党役員会など。

 

23日(水)  終日宮城県。地方公聴会。

 

24日(木)  終日東京。夜間中学議員連盟設立総会など。

 

25日(金)  終日東京。文部科学委員会質問予定。党地方議員研修会など。

 

※予定は予告なく変わることがあります。変わった時は分かり次第更新しますのでご了承ください。

過去とのつながり   2014 年 4 月 16 日

4月12日土曜日、私は佐久市の野沢北高校の公開授業に行った。野沢北高は土曜日に行う授業を公開し、地域の人、進学を希望する中学生、塾の先生などが聴講に訪れている。

 私が聴講した授業は3年生の日本史、江戸時代の話だった。先生が「いいか、歴史は言葉を覚えるだけじゃだめなんだ。前の時代にこういうことがあったから、いまこういうことが起こっている。過去とのつながりが必ずあるから、過去とのつながりを考えるとよくわかるんだ」という話をしていた。

 「なるほど」と思ったのと同時に、3年前の震災が頭に浮かんだ。3・11は、その前と後で私たちの考えが大きく変わった。だから将来、歴史として振り返る時がくるだろう。そして、原発事故も、歴史の大きな転換点になると私は思う。しかし、政府のエネルギー政策が、原発事故を境にはっきりと変わるかというと、先日政府から発表されたエネルギー基本計画を見る限り、そう言い切ることができないように思う。

 歴史の転換点は、そのとき生きている人間の考えによってつくられるのだろう。原発のありかたとエネルギー政策はいま、将来の歴史の転換点に直面していると私は思う。

もうひとつ、15日から国会で教育委員会制度を改革しようという議論が始まった。安倍総理は第一次安倍内閣の時から「教育再生」を、また、おととしの衆議院選挙で自民党は、「教育を取り戻す」ということを繰り返し主張してきた。一体何から教育を再生するのか、取り戻すのか。このことは去年からたびたび問いただしてきたが、いまだに明確な答えが得られていない。安倍総理や自民党にとっては、教育を再生したい、取り戻したい何かが、過去の歴史の中にあるのだろう。安倍総理の一連の教育改革の根本が過去のなにかにあるのではないかと私は思う。国会の答弁は得てして安全運転で、総理や大臣の本音が出ることは少ないが、安倍総理がいかなる過去からいま教育を変えようとしているのかを明らかにしていきたい。

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井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて