衆院選日記 12月6日   2014 年 12 月 6 日

「こいつは怪物かも」「非常にタフ」。過分な褒め言葉が掲載された信毎朝刊で気持が奮い立ったが、喉がかすれて声がでない。午後から上田映劇で個人演説会。集まった多くの方に勇気をいただいて、選挙の節目となる演説会を乗り切った。上田から佐久へ、いつもの浅間中前交差点に着いた時はおそらく氷点下だっただろう。体が震え、街頭演説が途切れ途切れに。言葉が続かない。

しかし、その後だった。

車から手を振ってくれる人がいつもより多く、「ありがとうございます」を繰り返すだけで演説する暇がなくなった。右折待ちの車の窓が開き、「頑張れよー」「一票いれるからな!」と言う声が響く。言葉に詰まり、「ありがとう」も出なくなった。体は冷え切ったが、心身がなにか覚醒したようだった。夜は住宅地を、演説しては走り、演説しては走り。元気が戻ってきた。不思議なことに、あれほど苦しんだ喉のかすれが気にならなくなった。


街頭演説はここ3年ほど、私の定番になっている。しかし、「声なんて届かないだろう」「パフォーマンスだ」「レベルが低い人間のやることだ」と言われることがよくある。私も、街頭をやめようかと思ったことが何度かあるし、いまも、街頭の是非が時折頭をよぎる。

街頭に立つ姿をみてくれた人と偶然会って話が深まることがあれば、「街頭をみた」といってネットで交流が深まった人もいる。また、広く有権者にお願いしてきたアンケートハガキも、「街頭に立っているのを見たから送った」という人もいる。私の活動は全てつながっている。街頭が欠けても、現実の出会いや国政報告会が欠けても、ネットが欠けても、アンケートが欠けてもだめなのだ。全てが連動して、人とのつながりが、広く、深くなっている。だから、選挙のあともずっと街頭を続けてきた。

街頭の是非について、明快な答えをもっているわけではないが、街頭に立ち続けなかったら、今の私はなかった。多くの人の応援が私を強くしてくれた。政治活動を始めてから、街頭を含め、全ての活動で多くのお支えをいただき、自分の能力以上のものを発揮してきた気がする。

支えられることによって人は強くなる。本物の怪物だって、我々が知らないだけで、いろんな支えをうけているかもしれない。

 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて