交番に   2013 年 8 月 20 日

きのう、小海町の交番に行ってきた。

先月末の祇園祭の時に、

「交番の駐車場が狭くて、停めるところがない」と

言っていた人がいたからだ。

 

普段は通り過ぎるだけの国道交差点に交番はあるが

よーくみると、たしかに2台分ぐらいのスペースしかない。

しかも、坂になっていて冬は凍るという。

 

交番前の歩道の方が、たいらで広々している。

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歩道に停めて用事を済ませてしまう人もいるらしい。

 

小海町交番は築30数年になるという。

祇園祭のあと、県警本部に電話をして聞いてみたのだが、

小海町交番よりも古い警察署、交番、駐在所がまだあるので、

すぐに小海町交番の改修に

予算を振り分けることは難しいという。

 

小海町交番は、警察署や交番の再編・統廃合によって、

いまでは南佐久の拠点交番となっている。

山岳救助の際は出動拠点になるという。

そういうときは、警察官も、

交番から少し離れた駐車スペースを借りるという。

警察官も、駐車場を直してもらいたいし、

建物も直せるなら直してほしいが、

我慢我慢とのことだった。

 

警察官に限らないが、

公務員は、官舎の老朽化が、

「著しい」という表現におさまらないような老朽建築もあるなど

苦労と我慢をしている。

公務員の全てが、

高待遇というわけでは決してない。

 

住民の願いも分かるが、警察官の苦労も分かる。

そんな交番訪問だった。

しばらくは、高齢者優先とか、

融通をきかせて使うほかなさそうだが、

県警も問題意識を共有してくれたことは

よかったと思う。

参議院選挙が終わりました。

信州では私、すみけい子候補と二人三脚で戦いましたが、

残念ながら当選にはいたりませんでした。

応援、ご支援いただいた皆様に心より感謝申し上げます。

 

106915票。

公示の二日前に立候補表明したにも関わらず、

すみ候補は精一杯頑張ったと思います。

本人の頑張りに、多くのご支援をいただくことができました。

 

しかし、擁立がギリギリになってしまったことや、選挙戦のサポートなど、

私と党本部は、今回の結果を真摯に受け止めなければいけません。

 

全国的に見ても、議席を増やしはしたものの

長年活動を続けていた、なんとしても当選してほしかった

多くの仲間の努力が報われませんでした。

 

自民党にしっかりモノをいえる力を作るという

大きな目的のある戦いでした。

戦う意義がある選挙で候補者を擁立し、

挑戦をしたことは間違っていなかったと思います。

 

しかし戦うのが精一杯、現在の党の力の限界、

みんなの党の看板だけでは戦えないと感じました。

 

今後にむけて、党本部と、厳しい話し合いが必要となるでしょう。

 

今回の参院選、総括には時間がかかりそうですが、

この経験が今後にいかせるよう、もっと精進して参ります。

 

今回の参議院議員選挙が厳しい戦いになることは、

多くの方が、あらかじめ分かっていたことだと思います。

それでもなお、選挙戦を支えてくださった、

応援してくださった皆様に、心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

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(7月22日 佐久市 跡部交差点)

17日間の参議院議員選挙、

運動期間は終わりました。

応援してくださった皆様、

選挙戦を支えてくださった皆様に

感謝申し上げます。

 

ネット選挙が解禁されたので、

日付が変わるまではこうして

ネットを更新することができます。

 

私が手伝ってきた、すみけい子さん。

18日に上田市で行った演説会での訴えをアップします。

http://youtu.be/zPe7FI2WlVE

選挙戦最後の街頭演説も、支援者がすぐに動画にしてくれました。

http://youtu.be/eGXTdWRfoJA

選挙活動と、すみさんの考えは、すみさんのブログをご覧下さい。

http://ameblo.jp/sumikeiko/

 

すみさんのひたむきな活動は、

必ず多くの方のご支援を頂けると確信しています。

 

投票箱がしまるまで、皆様のお力をお貸し下さい!

子どもたちからの手紙   2013 年 7 月 16 日

衆議院議員になって、初めて修学旅行生を迎えたのは

ずいぶん前のことだ。

川上村の、十数人の6年生だった。

 

参院選の激戦の合間をぬって国会にいったら、

お礼の手紙がきていた。

「バッジが触れて嬉しかった。思ったより重かった」

「国会は大きかった」

 

子どもたちに思い出を作ってもらうことはできたようだ。

国会では、

「大きくなってから、また見学にきてほしい」と言ったが、

手紙には

「小学校に遊びにきてください」と

書いてあった。

 

再会の日も近そうだ。

 

まず栄村   2013 年 7 月 8 日

参院選の初日、県庁で立候補の届け出を終えたすみけい子候補と私は、すぐに栄村にむかった。すみ候補は、栄村のことを知っていた。東日本大震災の翌日、地震で大きな被害を受けたが、報道が少なかったことを覚えていた。だから行きたいと言った。


私にとって、栄村は、初めてボランティアにいった、忘れることのできない場所だ。村の中の道も分かる。震災から2年と少し、改めて住民の声を聞いてこようということになった。

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私がボランティアにいった集落は、村の中でもかなり奥で、一度、新潟県に入らないと行けない。取材でついてきたキャスターが「ここは新潟県だから選挙運動はダメです」とわざわざ言いにきた。遠かろうと、人が少なかろうと、行く意味がある場所には行く!



意地みたいな思いで午後になってようやく着いた栄村には、新しい家がたくさんたっていた。公営住宅もあった。ただ、裏を返せばそれだけの家が壊れたのである。震災のあと、私がやったボランティアは雪かきと壊れた家の掃除だった。震災直後は、雪が深すぎて被害の大きさを確認することができなかったが、ようやくイメージできた。



更地も多かった。家の再建が始まったばかりの人もいれば、再建を諦めて村を出て行く決断をした人も多かったので、更地が増えたという。私がボランティアでおじゃました数軒のなかの一軒は、見あたらなかった。



途中なんどか行き止まりにぶつかり、遊説は苦労した。震災からの復興工事が、いまも村のあちこちで行われている。



すみけい子候補は、復興予算が被災地と関係のないところに使われている政治を正すと訴えた。私は、ボランティアのときに、自分が逆に励まされたので、そのお礼と、私にできることはなんでもするから、どんどん私を使ってほしいと訴えた。



工事の手をとめて拍手してくれる人。ワザワザ家から出てきてくれる人、多くの住民が私たちの話をきき、また、思いを伝えてくれた。

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実は、栄村に行く前に、飯山駅にも行った。新幹線の新駅ができるので、地元の期待と不安をききたかった。たまたま飯山線を待っていた役場の人を捕まえて、いろいろ聞くことができた。地元への利益誘導はいらないが、問題や課題を国につなぐ橋渡し役になってほしいと言われた。今回の選挙は、単に投票の呼びかけだけでなく、行くことに意味のある場所に選挙カーを走らせてみたい。

 

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて