不断の努力が真意だ   2011 年 7 月 1 日

消費税を「2010年代半ばに10%にあげる」ことを政府と与党がようやく決めた。政府側は与謝野氏が「2010年代半ばとは、14・15・16年のいずれかだ」と発言したと報じられるなど、実効性を高めようとしている。これに対し民主党は増税に反対の議員も多いようで先行きはまだ不透明だ。

きのうきょうと消費税関連の各報道を注視してきたが、大手メディアも意見を決めかねている印象だ。諸手を上げて賛成するところもなければ、徹底して反対するところもない。そんな中で「おやっ?」と思うのは、「無駄を省く」ことに「実効性が疑わしい」とか「少数派」といった形容詞がつくようになったことだ。1年前の参議院選挙、そして政権交代が実現した2年前の総選挙で「無駄への切り込み」を徹底的に訴えたことをメディアは忘れてしまったのだろうか。

増税は好き好このんでやることではない。必要に迫られてやむなくやる話だ。もともと財政状況が厳しいうえに大震災が起こった。「いずれ増税はさけられない」と考えている人はここ数年でも最も多いように感じる。そうした世論に政治や行政が甘えることは許されないが、メディアが妥協してなし崩し的に増税を認めることも許されない。
私は「増税の前にやるべきことがある」と考えているし、100歩譲っても「増税とともにやるべきことがある」と考えている。やればできると信じている。メディアにはこれまで何度か書いてきたが、10社あれば10通りの意見を戦わせてほしい。メディアが社論を掲げずに彷徨っていてはいけない。
政治家と行政がぬるま湯につかったままの増税は断じて認められない。増税を肯定する世論が高まっているのは「容認」ではなく「我慢」であり、政治と行政に不断の努力を求めているというのが真意ではないか。メディアも安易な増税に対して徹底的に意見を戦わせ、オピニオンリーダーとしての役目を果たしてほしい。
井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて