見てくれる人がいる   2012 年 3 月 21 日

最近の街頭の様子。

 演説を見た人が、

あとで偶然会ったときに「見ましたよ!」といってくれる。

メールでメッセージをくれる。

見てくれる人が、活動のエネルギー源です。

 

公金   2012 年 3 月 13 日

先月、何人かの公務員や元公務員と話す機会に恵まれた。

市町村の役場職員と話をして「公金」という言葉を思い出した。

 

ある元職員がつとめていた町は、平成の大合併で隣村と一緒になった。

合併する町と村は合併後の予算編成を見据え、

それぞれどれだけの基金、つまり貯金を持ちよれるか事前に話をしたという。

ところが合併してみたら、

村のほうが、持ってくるはずの基金を半分ぐらいしかもってこなかった。

合併前に、「使えるものは使ってしまおう」と使ってしまったらしい。

 

予算は、政治家や行政の金ではない。住民から集めた「公金」だ。

さて、野田総理は消費増税をなんとしても成し遂げたいようだ。

日本の将来を考えて「不退転の決意でのぞむ」と言われれば

「そうなのか」と思わないこともない。

だが、すでにさらなる増税の可能性が報道されている。

3月10日信濃毎日新聞1面によると、

「消費税を10%に上げたあともさらに増税が必要だ」という付則を

10パーセント法案に明記するという。

増税をする前から次の増税が必要だといわれると、

国の財政に危機感をもっている国民でも納得できない。

 「やるやる」といってきた天下り根絶に手をつけない。

政治家と官僚の歳費を削らないようでは、

国民のためにではなく、政治家や官僚が自分たちの権利を守るために、

いまの仕組みを維持するために増税するようにしか見えない。

復興のために支出が増えるのだから、

いままで以上に削れるところは削るのが筋ではないか。

橋下大阪市長が次々と改革を打ち出しても評価されるのは

改革の1つに予算の削減、

行政運営を身の丈にあったものにしようという姿勢を見せているからだと思う。

 

国民に痛みを求めるのであれば、政治家や官僚も痛みを共有するべきだ。

自分たちさえ良ければいいのか ?

いまさえ良ければいいのか?

「子どもや孫が大きくなった時の日本が心配だ」という

国民の声に応える気のある政治家や官僚は

いまの政府にはいないのか。

震災から1年。

私は仙台に6年間住んでいたから、亡くなった知り合いもいる。

家を失った人もいる。

それでも多くの人が、今年の正月には

これまで通り年賀状をくれて、大変勇気づけられた。

 

この震災で、私の心に刻み込まれている人たちがいる。

去年5月、岩手県大槌町で役場の事務作業を手伝い、

一緒に仕事をした役場職員の方々だ。

家族や同僚を失い、家も失った職員が、黙々と復旧に向けて働いていた。

もともとの役場は津波でなくなり、

私たちが行ったプレハブ庁舎は1週間前にできたばかりだった。

職員は、その日の風呂もどうしようか悩む状態だったが、

私たちには笑顔で接してくれた。

「公のために尽くすとはこういうことだ」と

背中で見せてくれた人たちだった。

 

きょう、大槌町から遠く離れた地元で

日常の街頭活動をしていて、

黙祷をしながら頭に浮かんだのは

大槌町職員の姿だった。

今朝の朝日新聞によると、

プレハブ庁舎は手狭になり、

近くに骨組みだけ残っていた小学校校舎を使うために

工事が進められているという。

津波で何もかもなくなった沿岸部で、

夜、プレハブ庁舎の明かりだけが遅くまでついている状況は

私がいたときと変わっていないようだ。

 

復興はなかなか進まない。

原発事故の収束は見えない。

きょうという日は、残念だが

復興の序盤の通過点でしかない。

 

震災を忘れてはいけない。

被災地の今を見続けていかなければいけない。

そして私は、

大槌町職員が見せてくれた

「公のために尽くす姿」を決して忘れることなく、

いつか恩返しができるよう行動しなければいけない。

 

夏目忠雄 「愚公山を移す」   2012 年 3 月 6 日

1冊の本が送られてきた。

著者は夏目忠雄氏。

長野市長と参議院議員をつとめた信州の政治家である。

 

昭和56年の参議院本会議では、

1兆4000億円の増税を組み込んだ予算案採決で、

与党議員でただ1人、反対票を投じたという。

その理由は

「肥大化した財政にメスをいれない

増税先行予算は承服できないから」だったという。

 

また、三木内閣が財政危機で

新年度予算編成に苦労していたときに

夏目氏は

「予算が国民の支持を得るためには、

まず政府が自らを律するとともに、

国民の政治意識を高めることである。

そのためには、

市町村や地域住民に自治体行政に関心を持たせ、

これに参加させる。

具体的には、国の補助金を、使用目的を明示して

一括地方自治体に案分すれば、

地方自治体は原則として各省へ陳情する必要がなくなる。

自己の財源がハッキリしているから

住民と相談して責任ある選択ができる。

つまり、分権による地方自治体の充実であり

政府が自らを律して『小さな政府』となる、

当時としてはまことに大胆な提案」だったという。

 

夏目氏の考えは今の政治にも通じるとしみじみ思う。

消費増税を先行させる今の政治は、

現行の既得権を守ろうとしているにすぎない。

財政にメスをいれる、つまり税金のムダをなくさなければ

増税に見合うサービスを国民に提供できない。

分権社会の実現も、当時は「大胆な」提案だったかもしれないが、

今はもう、本気で進めていかなくてはいけない時代に入っている。

 

夏目氏は、「愚公山を移す(ぐこうやまをうつす)」という

中国の古詩が好きだったようだ。

「愚公山を移す」は『列子』に出てくるもので、

「怠らず努力すれば、必ず達成できるものである」というたとえである。

昔、中国の愚公という老人の家の前に二つの大山があり、出入りに不便だった。

そこで、家族とともに山をほかへ動かそうと、土を運びはじめた。

人々はその愚かさを嘲笑したが、

愚公は子孫がその行いを引き継げば山を移動させるだろうと答えた。

その志に感じた天帝が、山を移動させ平らにしたという故事だ。

夏目氏は知人にあてた手紙でこの言葉を引用し

「この気持ちで国政に参画したい」と述べたという。

 

長野市長をされたのは私が生まれる前の話だし、

すでに亡くなられているから

私は夏目氏のことを直接は知らない。

しかし、先人から学ばせていただくことは非常に多い。

 

夏目氏のことを知らない私にどうしてこの本が届いたか。

それは、私が政治活動をしていることを応援し

また、大変心配してくれている先輩が

私の事をいろんな人に話してくれた結果、

偶然生まれた新しいつながりからだ。

 

先輩は私の親より遥かに年上だが

私が大学野球部で主将をしていたときに

チーム強化について

共に考え、汗を流してくれたかけがえのない人だ。

 

懸命に応援してくださる人の支えがあれば

山が1つだろうと2つだろうときっと動かせると

意を強くしている。

 

決めるのは有権者だ   2012 年 3 月 3 日

野田総理と自民党・谷垣総裁の会談が、ここ数日ずっと話題になっている。様々な報道をみると、野田総理と谷垣総裁は、「消費増税をすすめたい」ということは確実に一致しているようだ。会談でどの程度収穫があったかは分からないが、2人がそろって会談の事実を否定しているところをみると、今後につながるパイプは残ったのではないかと思う。

増税をしなければ国の財政が破綻するかもしれない。将来の社会保障制度が守れないという危機感をもつことは政治家として必要だろう。国民に痛みを求めるのも政治家の大事な仕事だ。しかし、今の2人は増税しか見えず、増やした税金を大切に使っていく。つまり税金の無駄遣いをなくすという大切な事を置き去りにしていると言わざるをえない。天下りに投入されている12兆円の税金をそのままにするつもりなのか。また、増税で賄おうとしている社会保障制度をみても、厚生年金保険料や医療保険料の未納付が12兆円あると言われている。税金の無駄遣いや、現行制度が機能していない実態を放置したまま増税しても、また数年後に「増税が必要だ」という声が出てくることは目に見えている。大事なことを置き去りにして増税だけすすめることは許されない。

仮に、野田総理と谷垣総裁の思惑通り民主党と自民党が連携したからといって、「自民+民主」党が総選挙で過半数をとる保証はどこにもない。2人が納得しても、国民が納得しなければ選挙で勝つことはない。政局をめぐる報道は、与党内の動向や与野党関係、わたしたちみんなの党も含めた第3極がどこまで力を伸ばすかなどに力点が置かれているが、総選挙のあとの政治情勢を決めるのは有権者だ。国会で多数派を形成する事だけに執心して、有権者の事を忘れているようだったら、今後どんなに「極秘」会談を続けても、有権者の厳しい審判を受けるだろう。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて