弔電にたいする考えとお願い   2013 年 2 月 6 日

もう2年以上前のことになるが、このブログで、葬儀の弔電について書き、議論になったことがある。(https://yousei-ide.com/blog/archives/854)

 

私の選挙区では、葬儀があると、国会議員や県会議員などの弔電が、必ずといっていいほど読み上げられる。地元で長く政治に関わってきた人に聞くと、地元紙のお悔やみ記事をみて、選挙区内の全ての葬儀に弔電を出す政治家が多いようだ。葬儀に対する政治家のスタンスは様々だから、他人のことをとやかくいうつもりは一切ないとお断りしたうえで、私の考えを書かせていただきたい。

 

これまで私は、お世話になった人が亡くなった時や、お世話になった人が故人の親族である葬儀には参列してきた。また参列ができない時は、弔電を送ってきた。当選する前はある程度、自分の都合でスケジュールが組めたので、弔電を送ることはあまりなく、ほとんど参列してきた。しかし、選挙が近くなるにつれて「他の政治家が弔電を送っているのに、どうして、ようせい君は弔電を送らないのか」という声が出るようになった。また、当選してから、こうした声はさらに多くなっている。

 

「政治家なのだから、全ての有権者に弔意を表すべきだ」と言う人もいる。実際そう思って弔電を送っている政治家もいるだろう。しかし、それは、お悔やみ記事をみて事務的に、定型の文章を送るような機械的なものであってはいけないと思う。私はまず、故人と親族の気持ちを大切にしたい。だから葬儀には、できるだけ参列する。参列できなければ弔電を送る。それでも、お世話になった人の葬儀が知らないうちに終わってしまったような時は、新盆回りや、改めてお線香を上げさせていただくようにしている。

 

葬儀で多くの政治家の弔電が読み上げられ、それも選挙が近くなるとその数が増えて、結果として、葬儀が選挙のPRの場になってしまうことは、故人や親族に対して失礼だと思う。「親族や参列者は、弔電を失礼だと思う人はいないし、ありがたく受け取ってくれる」という多くの意見は、的を得ていると思う。しかし、親族の中には、顔をみたこともない人から弔電がくることを疑問に思う人もいる。少数かもしれないが、そうした親族の気持ちを、故人とのお別れの場を、私はかき乱したくない。

 

だから今後もいままで通り、葬儀はまず、参列する。それがかなわない時は弔電を送ることにする。お悔やみ記事の全てに、事務的に弔電を送ることはしない。「変なところにこだわって、おかしいんじゃないの?」と思うかもしれないが、私は、故人や故人の親族の気持ちを大切にしたい。朝起きて、朝刊のお悔やみ記事をみて、亡くなった人や喪主のお名前を1人ずつ確認して、葬儀に参列したり弔電を送るようにしたい。

 

 最後に、私のこうした思いを貫くにあたり、皆様にお願いがあります。私の方で毎日確認をしていますが、先ほど述べましたように、中には、葬儀があったことに気づかず、大変失礼をしてしまうことがあります。これまでもそうしたことがありました。お知り合いやご近所の方が亡くなった時に、私の事務所までご連絡をいただけると大変ありがたいです。(0267−78−5515 又は、03−3508−7469)事務所が不在でも、留守電に吹き込んでいただければ、私の携帯に転送されますので、私がどこにいても伝わります。皆様にご迷惑をおかけしますが、皆様のお力をお借りしながら、故人と親族に真摯に向き合ってまいりたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。

井出ようせいブログシリーズ 被災地をみて